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矢坂早苗の朝はそこそこ早い。
いつものように目が覚めると一番にカーテンを開き、


ミーンミンミンミンミーーーーン


愕然とした。











【06:夏色笑顔で】










普通、四季というものは徐々に移り変わっていくものであり、このように一気に気温が10度近くあがったりするようなことはないし、日本のように四季がはっきりしている国であったら梅雨や初夏を経て真夏に至るものだ。それが突如セミの大合唱と共に、春のなだらかな日差しから一気に炎天下に変わろうものなら、生徒たちも体調を崩すのではないだろうか。

突如夏に変わっていた季節に驚きつつも、まぁ神様が作ったまさに「箱庭」なのだからこういうこともあるだろうと溜息をついた。流石に長袖は辛いなと思いながらクローゼットを開くと、中には半袖の白衣とお気に入りブランドと似たデザインの夏物が入っており、今度こそ早苗は感嘆の声をあげた。こういったブランドの洋服は買うと一着が高い。それを着れるだけでも幸せだと思っていたのに、さらに季節ものまであるだなんて!
早苗は突然クローゼットの中身が増えていたことはスルーして、さっそくその新作に洋服に袖を通すと、その上から半袖の白衣を羽織った。すっかり慣れてしまった「保健室の先生」という肩書だったが、再度気合が入ったような気がする。

意気揚々と掃除やら朝の準備を進めていくと、なんだかんだいって使っていたようで包帯が少なくなってきていた。ついでに大きめの絆創膏も減っていたので、早苗は一度購買部へ向かうことにした。



そこで早苗は妙なことに気づいた。いつもはこれくらいに時間であれば精霊の生徒たち含め、賑やかな話し声が聞こえてても良いというのに、今日はそれが全くないのだ。不思議に思って購買へいくと、夏服姿の結衣に出くわした。


「あ、矢坂先生、おはようございます」

「おはようございます。ところで草薙さん、今日は随分と静かだけれど…」

「あぁ、実はトト様の気まぐ……指示で今日から約一ヶ月の夏季休暇に入ったんです」

「今絶対『気まぐれ』って言おうと…

「してません!してませんよ!!」


あからさまに動揺した結衣を見て、なるほどと早苗は納得した。夏ならエジプト生まれの彼にとっては問題ない季節だとは思うのだが、何か理由があって夏休みを始めたのだろうか。それにしてもこの箱庭にやってきて既に3ヶ月近く経っているのかと思うと、時間の流れとは恐ろしいものだ。
早苗はヘルメスの購買で包帯と絆創膏、それから置いてあった素麺を貰うと、同じく買い物という名前の貰い物を済ませたらしい結衣と2人で、静かな校内をなんとなく歩き出した。


「あの、ところで矢坂先生、最近ロキさんやハデスさんの様子はどうですか?」

「保健室に来てる子たちのこと?」

「はい…お恥ずかしながら、ロキさん、月人さん、尊さん、ハデスさん、トールさんは、私にはあまり話をしてくれないし、話を聞いてくれないので

「そんなに態度が酷いの?確かに教室であったことの話は聞くけど、結衣さんの名前はあまり聞かないなぁ…」


結衣の話を聞いていくと、どうやら保健室通いをしているメンバーはまだ結衣には心を開いていないようで、教室で授業は真面目に受けてくれてはいるものの会話はしてくれないそうだ。それでもその会話の中に保健室組の間で早苗の名前が出てくることもあるので、もしかしたら早苗の方が卒業へ導けるのではないか?そう思っての質問だったようだ。
確かに今保健室へよく顔をだすメンバーは元々学園に非協力的だったメンバーが中心で、人間代表として嫌でも毎日顔を合わせる結衣に好感は抱いていないのかもしれない。


「んー押しても駄目なら引いてみるのも大事かも」

「引いてみる…ですか?」

「例えば、自由参加のイベントを企画してみるとか…遠足の時はこちらから誘って駄目だったでしょ?だから今度は来たい人だけ来てもらうの」

「なるほど!その手がありました。でも夏のイベントというと…夏祭りとか…花火大会とか…流石にこれは無理ですよね。後は…臨海学校に林間学校……」


夏といえば海。というノリがあるように、臨海学校という楽しい行事であれば保健室組も来てくれるのではないだろうか。月人は生徒会だからまず参加するだろうし、ロキも楽しさを上手く伝えれば来てくれるはずで、トールはそのお守り。尊は月人が呼べば来るだろうし、ハデスは早苗が全力で誘えばもしかしたら来てくれるかもしれない。





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