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トトは自分の左手の中に残った2本の腕と、光に消されなかった頭を抱きしめた。
オグドアドを目覚めさせるための光はすでに解除され、けれど間に合わなかった早苗の体は腕と両肩から頭までしか残っていない。首にかかっていた八尺瓊勾玉の枷が外れ、足元へ転がる。


「早苗。」


髪の毛も少しだけ消えてしまったのか、元よりも短くなったその頭を撫でる。せめて体が全て揃っていれば魂を呼び戻すことなど簡単だ。エジプトでミイラが作られるのも、全てのパーツを復活の時まで保管することが目的なのだから。
たとえ一部が欠けていても、そこを何かで補えば良い。けれど、大切な心臓や体のほとんどが消失してしまった早苗の魂を、この体へ呼び戻すことは出来ない。

矢坂早苗も人間だと思っていた。自分の命が助かる方法があるとすれば、世界を捨てても助かる方を選ぶのではないか。そう思ってしまった。
世界を捨てても愛する人に救われても罪悪感を感じてしまうと、以前早苗は言っていたのに。人間について、早苗について理解できていなかったのは己の方だったのだと、トトは抱きしめる力を強くした。


『トト様!!』


図書室の扉を壊す勢いで飛び込んできたのは、早苗に貸し与えていたトキの使い魔と、ゼウスが与えた兎の使い魔、それにロキが贈ったという兎の人形だった。
トッキーと呼ばれていたトキは、トトの側によってくると、早苗とトトを見比べて目を皿にした。


『トト様、一体なにがあったというのですか。何者が早苗嬢をこのようなことに?』

『早苗さん…死んじゃったの……?』


因幡の白兎が、ぶわっと目尻に涙をためたのが見えた。トッキーと白兎の様子に、トトは罪悪感で心臓が押し潰れるのではないかと思えた。


「私の……これは、私の咎だ。」

『トトがやったの?早苗嬢を…何故?』


ウーサーは責めるような驚いた声をあげると、白兎と同じように泣きだした。これ以上泣かないでくれ、泣きたいのは私の方だと、トトは黙って首を左右に振る。


『………トト様、涙を拭いてください。私に、考えがあります。ウーサー、手伝いなさい』

『アレをするつもりなんだな?いいっすよ、早苗嬢のためだ』


トトが顔をあげると、トッキーはすっと視線を合わせてからお辞儀をした。


『トト様にお仕えする身でありながら、このような勝手をすること、お許し下さい』


言うとトッキーは落ちた八尺瓊勾玉を2つに割ると、片方をウーサーに咥えさせた。するとウーサーの体は光り始め、やがて光の球体になると早苗の残った体に触れる。
光が早苗を包みこみ、金色の光の後に赤い光が巡り、もういちど金の光が早苗を包むと、早苗の両肩から下の体がもとに戻っていた。ただ、心臓の部分はぽっかりと穴が空いていて、不気味な様子になっている。
トッキーは残った八尺瓊勾を加えると、トトを見てしっかりとした口調で言った。


『トト様の神獣である私が早苗嬢の心臓となります。今後貴方様にお仕えすることは出来ませんが、どうか、どうかご自愛なさってください』

「お前は…お前たちは……」

『トッキー、ウーサー。後のことは任せてよ、ボクが見守っていくから』

『任せましたよ、白兎。…それでは、失礼します』


トッキーもまた光る球体になると、早苗の体に空いた穴に入り込み、そして光が収まると今度こそ早苗の体は元の通りに戻った。あとは魂さえここに呼び戻せば、早苗はまた同じ早苗として生きることができる。

トトは神としてスべきでないと知りながらも、早苗の体を横たえると魂を呼び戻すべく力を行使した。消える間際に言った、早苗の言葉に答えるために。一度も口に出来ていなかった、愛という言葉を言うために。

愛しいと思う存在に、「愛している」と伝えることがこんなにも難しいとは思わなかった。人間とは不思議な生き物だ。弱く愚かでありながら、世界のために自分から命を捨てることが出来るのだから。
まして、その消え行く最後の言葉に自分への愛を語られてしまったら。トトは目を開いた早苗をぎゅっと抱きしめた。


「……早苗ッ」






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