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トトは静かに頷いた。
エジプトのヘルモポリス神話において世界を創りだしたというオグドアドという八柱の神々いる。水の中から岡を作り出し、世界を創造した神々は今は眠りについており、世界が終わった時には世界をもう一度作りなおすために目覚めなければならない。
八柱の神々オグドアドをたたき起こすのがトトの役目だ。何故今世界を作り出す神々の話を持ちだしたのか。早苗には一番嫌な考えしか浮かばなかった。


「人間ではなく、世界すらも壊して作りなおそうということですか…?」

「とりまく環境が悪いというのであれば、そうする他あるまい」


言うトトの足元に、金色の光が溢れでた。早苗の少し前まで、トトを中心に円形に広がる光は、美しくも触れれば切れる刀のような輝きを見せている。


「人間だけにすべての咎を背負わせるわけにはいかないのだな。であれば、私は役目を果たすのみだ。この光は、世界を消し去りオグドアドを目覚めさせる。」

「トト様、待ってください!そ、そんな規模の大きな話にしたかったわけではなく…それに世界ごと人間が消えたら、どちらにしても今回の失敗を活かすことが出来ません!」

「では、次の世界で失敗を繰り返しながら学べば良い。貴様が言いたいのはそういうことだろう?」


やはり、神と人間では物事を考えるときの尺度が違いすぎる。早苗は何を言えばトトに届くのか分からず、両手をぐっと握りしめた。


「でも、この世界は…」


世界を作り直すことが出来るというのなら、今早苗や結衣が生きている世界は1つの街のようなものだ。トトや神々と出会い、結衣という可愛い後輩のような存在ができ、そして大きな恋をしたこの場所。それをいとも簡単に、トトが「消す」と言っていることが寂しくてならなかった。


「だが…そうだな。貴様がその生命を差し出すというのならこの世界は残そう。貴様が助かりたいと思うのなら、この世界を消滅させ貴様だけは生かしてやる。」

「それはっ!!」

「さぁ、選べ」


ふっと笑ったトトに、早苗は絶望した。やはり神と分かり合うことなど出来なかったのだろうか。こんなにも好きだと思っているのに、愛しいと思う相手なのに理解できないのだろうか。首元で揺れる八尺瓊勾玉は未だ外れていないことが、早苗が神について理解できてないというなによりの証だ。
出来るなら、この箱庭が終わった後のトトの側に居たいと思った。いつも難しい問いかけをしてくるトトと互いの考えを交わし、もっと様々な話がしたかった。


「早くしろ。私もそう気が長くはない」


トトの言葉に、早苗は一歩前へ踏み出した。
トトと出会えたこの場所を残したい。結衣とアポロンには幸せになってほしい。ロキや月人に人間を好きになってほしい。その願いは、たとえこの場で消えることになっても変わらない願いだ。


「人間って、愚かなんです」


他人の為に命を捧げることもあるほどに、愚かだ。


「でも、私の『神と人間のよりを戻す』という願いは、強い思いになって、きっと草薙さんが叶えてくれます。」

「ッ!貴様、何が言いたい」

「私が居なくなっても、どうか皆さんに人間について教えることは再開していただきたいのです」


早苗はそう言うと、もう一歩前へと足をすすめた。もう目と鼻の先にトトの繰り広げている光の輪がある。


「触れるな!触れれば貴様の存在は消えて無くなる!」

「トト様、人間って…とても弱くて愚かで、そして不思議な生き物なんです」

「待て、何故私の気持ちが分からん!」


早苗は触れれば消えるという光に、そっと手を伸ばした。一歩、もう一歩と足を踏み入れる。少しずつトトに近づくたびに、体が消えていくのが分かった。
細胞単位で分解されるような、痛みと開放感のあるそれに、早苗は出来るかぎり微笑んだ。


「早苗!」


呼ばれて伸ばされた手に、そっと自分の両手を伸ばす。







−−−−---- トト様、お慕いしていました。








トトの手を握りながら言った言葉は伝わっただろうか。
早苗は暗くなる視界に、そと目を閉じた。消えたはずの頬に、涙が伝ったような気がした。












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