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※長編のエンディングでアナザー的なもの
※卒業前の春
どうにも眠たくて仕方がない日というものは誰にだってあると思うのだ。
早苗は大きく伸びをすると保健室の外に見える桜の花に目をやり、そしてほのぼのとした暖かな空気をいっぱいに吸い込んだ。今週に入ってからは換気のために窓を開けても寒くないほどで、最後にもう一度春という季節を入れてくれたことだけは、ゼウスに感謝しようと思っている。
箱庭へやってきてから約1年が経過し、全員の枷は外れて人間への理解が深まった。神々と人間の関係も、これで少しは改善されるだろう。
「……矢坂」
保健室の扉が開いて、心地良い声が響いた。雷神でありヴァイキングが信仰する神とは思えない穏やかさに、早苗は思わず微笑んで振り向いた。
「トールさん、どうかされました?今日は学校はお休みになったのに、よくロキさんが離してくれましたね」
「いや…オレが自分で抜け出してきたんだ。どうしても、会いたくなって」
トールらしからぬ発言に驚いていると、彼は丁寧に扉を閉めて窓際までいくと、開いた窓から桜に目を向けた。綺麗だなとつぶやいた声に、自分のことを言われたわけではなくとも誇らしく感じられて、そうでしょう?綺麗でしょう?と聞き返したくなった。
ふわりと春風が吹いて、花びらがトールの髪の毛にくっついた。早苗は歩み寄って少し背伸びをすると、その花びらを指で掬い、外へと舞わせた。
「……矢坂…いや、シャナは、この学園が終わったらもとの世界へと戻るのか?」
「はい、そのつもりでした。トト様からは様々な道を提案されたのですが、私はしょせん人間ですので」
「……覚えているか?ロキのイタズラで溺れたこと」
自嘲気味に微笑んでみせると悲しげな顔が返ってきてしまい、少しばかり罪悪感が湧き上がった。トールにそんな顔をさせたいわけではないのに、どうして上手くいかないのだろう。
彼の枷が外れたのは、臨海学校でロキが盛大なイタズラをした時だった。イタズラのせいで溺れた早苗を助けてくれたトールは、人間はとても脆く守らねばならいものなのだと言ってくれた。問題を起こしたロキはピンときていないようだったし、バルドルでさえも理解できるが納得できないといった様子だった。
「……人間は弱いと知った。守りたいと思った。だが、そう感じたのは…あの時溺れて死にかけたのがシャナだったからだ」
「どうして、今そんなことを?」
「……お前が、元の世界へ帰ると決めてしまう前に言いたかった。」
トールの視線が、桜から早苗へと戻ってくる。彼の両手がそっと顔を包み込み、早苗は暖かさに目を細め、大人しく続く言葉を待った。
「……北欧神話の世界へ来ないか?オレと一緒に、来てくれないか、シャナ」
なんと嬉しい言葉だろうか。誰かに必要とされることがこれほどに嬉しいものなのだと、早苗は桜の花の舞い散る中で感じた。ふわりふわりと舞う花びらは、まるで自分の心のようだと思う。不安定で不規則で、次にどう動くのか予想が出来ない。
決して、トールとは恋仲ではなかった。お互いにロキの保護者のような立場で、神々を一歩引いたところで一緒に眺めているという自覚はあった。ただ、それだけでもあったのだ。恋人同士ではなく、かといって生徒と教師という関係でもなく。そんな甘くも形の無い関係だったのだ。
「私は、トールさんが好きです」
それなのに、今。一緒に来てほしいと言われただけで、今までの二人の関係は恋人だったのではないか。いやそれどころではなく夫婦だったのでは?とさえ思うほど、心が高鳴った。
「あなたと一緒に、生きていきたいと思っても、許してくださいますか?」
「……ありがとう」
イエスでもノーでもなく、ふわりと優しいキスが返事だった。
【 はらり、花びら 】
2015/06/05 今昔
勝手なイメージですが、トールちんは桜が似合うと思います。ロキは椿、バルドルは白百合。
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