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※ 「囚われの檻」と同じヒロイン



まずったなぁ、と緩い口調で思考した早苗は、下腹部を抑えてうずくまった。痛みはない。むしろここ3回分ほど毎月くるべき例のアレが来ていない。





【 あなたのために鳥籠を 】





早苗は放課後の図書室でひっそりと調べ物をしていた。3回も生理がきていなければ当然不順を疑うし、早苗の場合はもう1つ疑わなくてはならないことがある。バルドルと恋人同士になってから、彼は「好きだ」「愛してる」という言葉も言ってくれるしキスもしてくれる。ただそれに伴って体の関係を持った回数も多い。
まして相手は神様だ。人間と違って避妊するという認識がないらしい。愛されているという実感が欲しくて体を差し出してしまった早苗の落ち度でもあるが、今回ばかりは後頭部がガンガンと痛むくらいに混乱している。
女性向け雑誌のコーナーで生理不順によく効くという食べ物や生薬を調べ、早苗はそのページをメモすると購買へと向かった。


「あれ、早苗!どうしたの?」

「あぁ、結衣…」


購買では、卒業前最後の行事の準備をしていたらしい生徒会のメンバーが楽しげに買い物をしていた。結衣や他の神に微笑みを向けるバルドルに、少しばかり胸がモヤモヤした。


「うん、ちょっと…その、体調が良くなくて、薬を…」

「大丈夫?買い物が終わったら、わたしも一緒に部屋へ行くよ」


苦笑いしてみせるとすぐさまバルドルがこちらへやってきた。気遣わしげに撫でられた頭が心地よい。早苗は周囲の目を気にせず抱きつくと、バルドルの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。


「本当に今日はどうしたの?随分と積極的だけれど…」

「お部屋、一緒に来てくれますか?」

「もちろん。早めに休むようにしよう?眠るまでわたしが側に居てあげるから」


バルバルは本当に恋人思いだなー素敵だね、うんとても素敵だ。というアポロンの発言をBGMに、早苗は薬とそれからこっそりと筆談で妊娠検査薬をヘルメスに注文した。メモを受け取ってくれた恐らくヘルメスと思われる神は、驚いたように目を見開いたあと、穏やかに微笑んで中身の見えない袋で商品を渡してくれた。

二人で手を繋いで女子寮へ向かう途中に、生徒会の仕事を中断させてしまったことを謝ると、バルドルは「早苗さんのためだもの、気にすることはないよ」と微笑んでくれた。バルドルに愛されていることは分かっているのに足りなくて、早苗は彼の腕に抱きついた。
光の性質に引き寄せられてくる精霊の生徒たちをあしらって帰宅すると、早苗はとりあえず紅茶とお菓子を出して、お腹にものを入れてから薬を飲んだ。それからこっそりとトイレに入り、検査薬を使ってみる。


「うわ〜…やっぱりか……」


浮き出た2本のラインに、早苗は盛大なため息をついた。
バルドルに話して受け入れてもらえるのだろうか。そもそも、この箱庭で子供を授かった場合、元の世界へ戻されてしまったらどうなるのだろう。元より人間界へ帰るつもりはないが、ゼウスに強制的に引き離されてしまったらこのお腹の子は父親を知らない子になってしまう。それどころか、早苗自身もバルドルのことを覚えていられるか分からない。
早苗はトイレから戻るとバルドルの隣に腰掛け、ソファにずずっと沈んだ。


「やっぱり体調がよくないんだね?もうベッドで休んでおこう。夕飯は食堂から運んでくるから、二人でここで食べようか」

「ありがとう、バルドル。でも…あーっと、聞いて欲しいこと…というか相談があってね」

「早苗さんの話ならなんだって聞くよ。さぁ、その可愛い唇で教えてほしいな、あなたの瞳を不安で揺らす原因を」


肩に腕を回されてその温もりを感じながら、早苗は渋ると余計に言いづらくなるだろうと一気に口にしてしまうことにした。


「あのね、バルドルとの子供が出来たみたいなの。どうしていいのか分からなくて…卒業してもバルドルと同じ世界に帰っていいのなら、私はこの子を産みたい。でもバルドルが…嫌だと思うなら……降ろす方法をトト様やゼウスさんに聞いてみる」


バルドルは早苗を抱きしめたまま驚いたのか息をのみ、それからそっと早苗の下腹部に触れた。まさか神と人間の間に…というのは彼も思ったようで、なんどかそっとお腹を撫でられる。
それからチュっと早苗の頬にキスが落とされて、両腕を使って苦しい程に抱きしめられる。


「わたしは賛成だよ。早苗さんが産んでくれるというのなら、わたしはあなたとの子供がほしい。もちろん、わたしが一番愛されていなくちゃ嫌だけれどね?わたしが一番で無くなるのなら…子供は要らないな」

「バルドルが一番なことは絶対に変わらないわ。バルドルの血を半分継いでいる子だからこそ産みたいと思うんだもの。」

「本当に?子供ができても、わたしを放っておいたりしない?わたしは…子供が出来てからだって手を繋ぎたいし、ハグをしたい。キスしたいし、もちろんベッドで愛しあうことだってしたい」

「絶対に。誓って言うわ。私、バルドルが一番だもの。」


早苗が迷いなく言い切ると、バルドルの唇が早苗の唇を塞いだ。下唇をついばむようにされるキスに、早苗は今までに感じたことがない充足感を抱いた自分に気づいた。子供がお腹に居る間は性欲が落ちるというのは聞いていたが、こうして誘うようなキスをされているのにその気にならないのは初めてのことだった。
ただ、バルドルの熱っぽい視線に気づいていまい、口でしてあげる技術を磨くしかないようだ。そう思いながらキスを強請って、バルドルの首に腕を回した。






【あなたのために鳥籠を】







「北欧神話の世界に帰ったら、二人で住む家を用意しなくてはね。わたしには早苗さんしか居ないように、早苗さんにもわたししか見えなくなるような場所が必要だよ」

「出来るなら、子育てにも適した場所にしてね?」

「もう子供の話?妬けてしまうな」

「だって一人だけのつもりじゃないでしょう?たくさん愛してくれるのなら、子供だってまだ出来ることもあるだろうし」

「ふふっそうだね」












FIN






2014/07/29 今昔
アンケリクより。個人的に、バルドルは自分以外に愛情が向くのを怖がりそうなイメージ。ロキは嫁馬鹿で親馬鹿。トールは寡黙なお父さん。トト様は亭主関白そう。




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