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※ 一部の文字が文字化けしそうで使えないため、あえて間違った表記にしてある部分があります。
※ なんちゃってノルウェー語となんちゃってデンマーク語が出てきます。






「Det var rart at mode dig.Hvad hedder du?あっ…Jeg hedder……シャナ…」


初対面でさっと出てきた言葉はそれだった。
この箱庭に居る間はお互いの言語は特に問題なく通じるようになっているそうだったが、それでもシャナは出来るだけ結衣の国の言葉を覚えようとしていた。せっかく同じ人間とはいえ違う国から召喚されたのだ、異文化交流はしておきたい。
ただ、始めて出会ったその男性の特徴が、自分たち北欧生まれの人間にとってはとても馴染み深い…というか他国の人間であってもゲルマン神話に興味があれば絶対に知っている神のようだったからだ。
もちろん、神話のイラストと似ているわけではない。だが、その威厳溢れる雰囲気と、寡黙だが暖かい彼の様子は、間違いなく北欧最強の神であるトールだと分からせてくれた。


「……Jeg hedder Tors.ここでは言語を気にせずとも通じると聞いていたが、まさか同じ国から人間が来ているとはな」

「そ、そうですよね、わざわざ気にかけていただいてすみません、トール様」


トールは萎縮したシャナの頭に手を載せると、優しくぽんぽんと叩いた。驚いて見上げると、口角を柔らかく持ち上げたトールの顔に、不覚にもときめいた。


「……固くならなくて良い。ここでは俺もお前も、同じ生徒という立場だ。神と人間というくくりは関係ない」

「ありがとうございます、ではトールさんとお呼びしても?」

「……あぁ、構わない」








【 通じる言葉 】







音楽室。授業では使われない教室に潜り込んだシャナと、それからトールにバルドル、ロキは、楽器室に見慣れたものが置いてあるのを見つけた。他国の楽器、確か結衣がお琴と呼んでいた楽器が立てかけられていたり、馬頭琴や胡弓、ヴァイオリンやコントラバスの弦楽器。それにトランペットやホルンであろう黒いケースも所狭しと並んでいる。
シャナはマリンバを演奏したい気持ちを押させると、トールの服の裾をちょんと引いて一番高い棚にあるケースを指さした。


「Unnskyld、トールさんあそこの黒い箱をとっていただけませんか?」

「……これか」

「Tusind tak!」

「……Vaer sa god」


トールとシャナが会話をすると、お互いの母国語が溢れる。それはお互いが信頼しあっていて心が落ち着いているからだろうと、以前トールは言ってくれた。同じように北欧の言葉が通じると分かっていても、バルドルやロキ相手には出てこない。もちろん、何も気にせず言葉を発したところで、お互いに通じるよう箱庭は調整されているはずだが。
トールが取ってくれたハーディングフェーレのケースを音楽室へ戻って開くと、ヴァイオリンに似た4本の弦がはられた楽器が顔を出した。ノルウェーの伝統楽器に、シャナも少し心が踊るのを感じた。シャナが生きていたノルウェーでも、一人の職人が一年に2本作るのが限界と言われており、プロの職人は4人程しか居ない。現地でもなかなかお目にかかれない幻の楽器だ。耳で、けれど正確にチューニングし、楽器のコンディションを確かめるとゆったりと構えた。


「………心地良いメロディだな」

「シャナさんは本当に音楽が得意なんだね」

「まぁ、悪くないんじゃなァい?」


演奏方法は伝承形式であるため、シャナもじっくり練習が出来ているわけではない。それでも同じ国からきた3人の神々は楽しげに聞いてくれた。
台詞の割に楽しそうにしてくれているロキに、シャナはモチベーションが上がるのを感じた。より遠くまで響く音、より相手の心に響く音が出るように。曲の情景を思い浮かべて指を進ませる。
演奏が終わると、一番にトールと目があった。優しい緑色の瞳に微笑み返すと、彼もまた満足気に頷いてくれた。


「素晴らしいよシャナさん!こんなに素敵な音楽、久々だなぁ。アガナ・ベレアも聞きたいって言うんじゃないかな」

「アホロンも音楽は好きみだいだよねェ。それにトールちんがこんなに聞き入ってるって珍しいィ〜」

「……そうか?」


弓を緩めてケースに戻すと、シャナはにっこりと微笑んだ。神々に音楽を捧げるだなんて光栄だ。ハーディングフェーレにはヴァイキング時代に信仰されたデザインが取り入れられているので、トールには何か思うところがあるのかもしれない。
そんなことを思っていると、シャナの背中に腕が回された。楽しげに笑うロキがシャナを片腕で抱きしめて、音楽は詳しくないがとても良かったとバルドルと話し合っている。内容は嬉しいのだが、シャナは背筋に嫌なものがはいめぐるのを感じた。


「Ror mig ikke(触らないで)」

「ん?シャナ、どしたの?」

「Ror…mig ikke…」


よくわからない恐怖で足がすくみ、しまいおえた楽器ケースを抱きしめてしゃがみ込む。ロキは驚いたように数歩下がると、ガクガクと震え始めてしまったシャナを見て目を丸くした。バルドルが気遣わしげに様子をうかがってくれるが、それでも恐怖は拭われない。
男性に近づかれるのがこんなにも怖いとは思わなかった。まして相手は偉大な神々だというのに、何故嫌だと思ってしまうのだろうか。


「……シャナ」


トールが近づいてきて楽器ケースを取り上げると、真正面からシャナをぎゅっと抱きしめた。先ほどロキにも腕を回された背中をそっと撫でてくれる。


「……落ち着け。恐れることはない、ロキに悪意はない。俺にも、バルドルにもな」

「トールさん…」

「……いったいどうした?」

「わか…らない、です…触られるのが……凄く嫌で。」


一瞬トールは手を離そうとしたが、今嫌がられていないことに気づいたのか、また同じように背中を優しく撫でてくれる。優しくされるとよけいに泣けてくることもあるが、今回はその典型的な例のようだ。


「あれ、この楽器ケースに『演奏禁止』って書いてあるよ?」

「ホントだ。あ〜……この楽器何か憑いてたんじゃない?」

「それでシャナさんがいきなり…」


遠くで話す二人の声を聞きながら、シャナはぎゅっとトールの胸元にすりよった。トールはヴァイキングに信仰されるだけあり、側に居ると強さを感じるためか安心感がある。突然ロキが怖くなってしまったことに自分でも驚いたが、トールの側が安心するのはいつもと変わらないらしい。


「トールさん、もうちょっと…このままで居ても良いですか?」

「……お前がそう望むなら」


トールの唇がそっとシャナの額に触れると、何やら体からなにか吸い取られるような、抜け出していくような感覚が襲ってきた。


『あーあ、せっかくこの人間で遊ぼうと思ったら、相手は神?勝てるわけないよね』


その台詞に顔をあげれば、シャナと同じく北欧系の顔立ちをした少女がハーディングフェーレを持って浮いていた。ゴーストか何かのように向こう側が少し透けて見えている。


『ま、私が思い知らせてあげたんだから、せいぜい結ばれるように頑張りなさい。』


それだけ言うと少女はふっと溶けるように消えてしまい、シャナは目をぱちくりさせた。
何やら恋愛に関して激励されたようだったが、「思い知らせてあげた」ということと、今あった一連の出来事から考えるに、


「トールさん」

「……どうした?」


私、トールさんが一番好きみたいです。

その言葉は言わずに飲み込み、シャナは目一杯微笑んでお礼を言った。





【 通じる言葉 】







通じるのはきっと、言葉だけじゃない。
心もきっと通じているはず。

違う国の生まれだったとしても、私と彼は通じていたはずだ。










FIN














2014/07/10 今昔
アンケのコメにいただいたトールちん。他サイト様ではやはり少ないですよね…(´・ω・)
他サイト様の小説とか見てても、人間で他国生まれてってあんまり居ないんですよね。やはり感情移入できないからでしょうか…?
個人的にはデンマーク語の勉強も兼ねて北欧出身のヒロインちゃんでシリーズとか書いてみたいですね。




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