お名前変換


※連載の残留ENDその後
※神話ネタあり





楽しげに笑う顔が好きだ。
幸せそうに歌う姿が好きだ。
大切に自分の名前を呼ぶその様子が好きだ。


「ロキ」


ほら、今もまた。
早苗は大きくなったお腹を少し億劫そうにしながらソファに座り、どこで手にれたのか毛糸と編み棒をつかってストールを作っているらしい。薄いベージュのそれは、彼女にとてもよく似合うことだろう。


「呼んだ?」


隣に腰掛けてお腹をそっとなでると、内側から元気に蹴飛ばしてきたのが分かった。お腹の中に居るのに、父親が側に寄ったと分かるのだろうか。そう言えば早苗はおかしそうに笑い声をあげる。


「人間はね、お腹の中に居る間も両親の声や周りの音が聞こえてるんだって。だから、良い音楽を聞かせてあげたり、優しい言葉をかけてあげると健康状態がよくなるらしいよ」

「神でも一緒かな?」

「医学的なことが通用する場所じゃないけど、それでも、気持ちは伝わると思うよ」


お腹に乗ったロキの手に早苗の手がかぶさり、その手を握ったまま、早苗は優しく歌い出した。人間の、日本の子守唄だそうだ。優しいメロディにロキもまた眠気が襲ってくる。
編み物の続きは良いのかとか、夕飯はどうするだとか、そういったことは全部横へ置いておいてしまいたい。先日遊びに来た義兄のオーディンにも言われたが、ロキは相当な愛妻家でかつ親馬鹿になるだろう。そのくらい、早苗の存在も授かった子供の存在もとても愛おしかった。


「名前、決めなくちゃ。シャナはどんなのがいい?」

「うーん、マアトとか。バラとか。私の国の言葉なら、ナデシコとか、サユリとか。綺麗な意味の言葉が良いな」


生まれてくる子供は、神でも人間でもない。ましてロキに与えられているのはオーディンと結んだ義兄弟の絆による神の権利だ。生まれ持ったものではない。本当ならこのアースガルズに住むことも出来なかったはずだ。
そんな半端者の子供で良いのかと悩んだ時期もあった。けれど早苗は「ロキの子でなくちゃ嫌だ」と言い、オーディンやテュールの反対も押し切ってしまった。その気丈さについては、血の繋がったロキの兄弟であるビューレイストもヘルブリンディも好感を持ってくれたようだった。


「ロキは?どんな名前が良いの?」

「うーん…ナリとヴァーリ」

「ごめん、絶対嫌」

「じゃぁスレイプニル」

「それは個人的にもっと駄目」

「なんでさァ!いいジャン、オレの意見聞いてくれたって」


ぷくりと頬を膨らませて早苗を見上げると、なにやら寂しそうに微笑まれごめんねという言葉が降ってきた。

早苗は教師として各国の神話について学んでいたこともあり、この北欧神話の世界についてもとても詳しい。それは早苗がロキの元へ来たことによって、実際に起こらなかった事象まで知っているくらいだ。
そこまで思い当たり、ロキはまさかねと思いながらも口を開いた。


「もしかして、シャナが知ってる神話に何か関係あるの?」

「ある。凄く。」

「…聞いても怒らない?」

「ロキの、子供の名前なの。今ロキが言った名前全部。私じゃない…神話に出てくる女神たちとの間に生まれる子供の名前。」


早苗は最後にもう一度ゴメンと付け加えると、ロキにもたれかかってくる。
彼女にとって、神話の内容を書き換えてしまうということは、大きなプレッシャーになっていることだろう。もしかしたら人類の歴史が変わるかもしれないのだ。ロキからしてみれば人間の文化なんて放っておけという程度だが、人間として育った早苗にはとても大きな問題だろう。
まして出てきた名前が、本来生まれるはずであったロキと他の女神との子供の名前であれば、当然よい気分ではないはずだ。


「ゴメン。」

「いいよ。ロキがその名前が良いって思ったんだもん。ロキが悪いわけじゃない」


そう言って自分のお腹をさする早苗がとても小さな存在に見えて、ロキはおもわずぎゅっと抱きしめた。苦しいよと抗議の声があがるが、知ったこっちゃない。
彼女は特に何か能力を持っていたりする特別な者じゃない。神ではなく、ロキが昔言っていたように弱くて誰かに頼らずには生きていけない「人間」なのだ。彼女の強さは心にある。だから多少ロキが何かをしても受け止めてしまう。
早苗は一人でこの世界へ来て、そして不安なことも辛いことも出来る限り一人で消化しているように見えた。いつもはロキなりの"愛情表現"でそれを拭ってやることもできたのだが、今回のこれも自分だけで消化しようとしているように見える。


「シャナ、ごめん。オレが好きなのはシャナだけ。…信じてないのォ?」


わざと茶化すように言えば、早苗は一瞬驚いたような顔をして、でもすぐに笑顔になって抱きついてくる。


「大丈夫、よく分かってるよ!私も、ロキが大好き」

「当たり前でしょォ。二人で、とびきり格好良い名前、考えよ☆」

「うん!」







【 名も無き花に 】








「ねぇ、バルドルだったら自分の子供にどんな名前つける?」
「うーん、そうだなぁ…ホルモン、リブロース、ヘレ、ミミガー」
「全部お肉の名前ですね」
「…じゃぁ、トールちんは?」
「……嫁のすきにさせる」
「参考にならないジャン!」








2014/07/07 今昔
アンケのコメからネタいただきました。次は生まれた後とか書きたいですね。
そういえば、今日まったく七夕関係ないネタしかUPしてないっ!




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