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「お前みたいな弱っちい奴が無理してんじゃねぇよ!!」

「うるさいな、ペケ!粗暴なだけで繊細さにかけるアンタに出来るわけないでしょ!?」

「んだと、やんのかコラ、あぁ!?」

「そうやってすぐ暴力に走るところが駄目だって言ってるの!アンタ馬鹿ぁ?」

「おれに心配かけさせるてめぇが悪いんだろうが!!」






【 好きの裏返し 】







戸塚尊。憎き海の神に名前を与えたのは、偶然にも早苗自身であった。

矢坂早苗は草薙結衣の同級生であり、部活こそ違うもののそこそこ仲の良い友人同士で、この箱庭へもセットで召喚されてしまった。八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)に選ばれたという早苗は人間とは愛とは何かを神々に教える役割を与えられたのだ。
とどのつまり、神々の仲良くしていなければ任務が果たしづらいということである。


「早苗、喧嘩ばっかりしてちゃだめだよ…?」

「私悪くないし」

「…早苗?私たち、皆で卒業しないと帰れないんだよ?」

「分かってる!…分かってるけどさ、やっぱりアイツだけは無理っ!」


体育の授業で盛大に転ばされて出来た頬の傷を手当してもらいながら、早苗は椅子から半分立ち上がるようにして言った。戸塚尊とはどうも馬が合わないのだ。

先ほどの体育の授業でもバレーでレシーブを受けに躊躇いなくダイブしようとしたのに、そんなことはするなと言わんばかりに服を引っ張られ、結果二人して盛大に転んでしまったのだ。おまけに自分の爪が頬に食い込み切れて、ちょっと傷にならないか心配なくらいに血が出ている。
早苗は腹立たしい気持ちを抑えるべく、恨み辛みをたっぷりこめてため息をついた。結衣がまったくもうと言いたげな顔をしているが、知ったことではない。悪いのは何かと邪魔をしてくる尊のほうなのだから。


「いくらそこそこ鍛えてるからって、早苗も顔に傷なんて駄目だよ?女の子なんだから」

「分かってる!それも戸塚尊のせいでしょ?兄の月人さんみたいに冷静で任務に忠実なら、私にこんな怪我させずにすんだだろうにね!!あー腹立つ!!」

「分かった、分かったから、もう寮に戻ろう…」


結衣もこれ以上早苗に何か言っても、全て「尊のせい」と言われることに気づいたのか、救急箱を仕舞うと保健室を出るように促した。
結衣が勢い良く開けた保健室の扉の外に、扉に手を伸ばしたような体勢で尊が立っていた。彼は二人が出てきたのを見ると途端に俯いて、手を引っ込めた


「あの、矢坂…」

「あ〜っと、それじゃぁ私は先に行ってるから、ごゆっくりどうぞ〜!」

「え、結衣!?」


何やらニヤニヤと意味深な笑顔を残してさっと駆け去ってしまい、早苗は尊と二人残されたことにため息が出そうになった。彼とは知り合ってからずっと馬が合わないのだから、尊が用事があったのも結衣の方ではないのだろうか。
そもそも、ことあるごとに邪魔をしてくる尊と仲良くしろなど無理な話だ。一対一で話したところで改善されるとも思えない。


「矢坂、さっきは……その、悪かった」

「あー、うん、気にしないで…ちょっと転んだだけだし」

「いや、よくねぇ!女が顔に傷作るなんざ許されねぇだろ!」


謝られたことに驚きを隠せなず、さらに両手で顔を固定されたことで早苗の思考は停止しそうだ。尊は頬に貼られた絆創膏を見ると、眉を下げて泣き出しそうな顔になってしまう。


「悪い…本当は、おれが守ってやらなくちゃならねぇのに……おれのせいで怪我させてばっかりだ。」

「……戸塚尊、守らなくちゃってどういうこと?」

「お前はおれの国の人間だろ?だったらおれが守るべき対象だ。矢坂は……早苗は、いや、雑草もだけどよ、神にだけ頼って自力で頑張らないって性格じゃねぇし。むしろ箱庭に来てからずっと、神の力になるべく頑張ってるしよ」


先ほどまで早苗の頬をガン見していた視線が、フッと逸らされた。染まっている頬は、早苗の気のせいであると誰かに言って欲しい。
明らかに天然さんな結衣じゃあるまいし、早苗だって人並みに他人の感情は分かる方だ。ここで頬を染められたら歳相応に期待だってしてしまう。仲が悪いはずの尊に期待するだなんて、自分でもよく分からない。


「でもそれだと、結衣も守ってあげなくちゃいけないんじゃないの?」

「お前は…!!いい加減に気づけ馬鹿野郎!」

「ペケに馬鹿って言われたくない!」

「早苗が早苗だから守りたいんだろ!言わなくても察しろ!おれはお前が好きなだけだ!」

「!?」


言われた途端、頬が熱くなった。唇を唇で塞がれた。
何が起きたのか理解するまでに時間がかかり、そして混乱の極みだった。早苗はずっと、尊は早苗の性格が気に食わないから突っかかってくるものだとばかり思っていたし、今日の一件だってそのためだと思っていた。
ところが何故、然程身長の変わらない彼の顔が今目の前にあるのだろうか。避けられない速度じゃなかったのに、何故早苗は避けなかったのだろうか。


「別に…私は、尊なんか好きじゃないし」

「そうかよ。おれだってなんでお前なのかサッパリわかんねぇよ」

「でも、好き…に、なってやらないこともない」

「上等だ。お前がなんと言おうと、おれは離れてやらねぇ」

「神様は浮気性だからな、どうだかね。ゼウスとか酷いし。」

「…あのオッサンと一緒にすんな。日本の神は…一途だぞ。」

「離れたら許さない」

「そっくりそのまま返してやるよ。おれが守れるくらい近くに居ろよ、馬鹿」









【 好きの裏返し 】








「あれ、タケタケ、なんだかご機嫌だ、ご機嫌なんだね?」

「おう!いいかアポロン、今後一切早苗に触るんじゃねぇぞ」


早苗が朝教室に向かったところ、そんな会話が繰り広げられていた。頭痛がするような気がする。そんなこと言うくらいなら、女子寮の前まで迎えに来てくれたって良いのに。


「尊のペケ。」

「はっ!?なんだと馬鹿!」

「朝迎えに来てくれても良いのに、先に行っちゃうから嫌いだ、ペケ」

「っ…分かった!迎えくらいいくらでも行ってやるから拗ねるな、馬鹿早苗!」


言葉と裏腹に優しく頭に乗ってきた手に、早苗は柔らかく微笑み返した。
彼の愛情は少し分かりづらい。でも、こちらがきちんと心を開いて好きを伝えれば、それ以上の好きを返してくれる。早苗は満ち足りた気持ちで尊に抱きついた。












FIN










2014/06/30 今昔
アンケのコメよりネタ頂戴しました。個人的にあまり書かないパターンのヒロインちゃんなので新鮮です。

そして凄く申し訳ないのですが、なんか執筆が思うように行かなくなってきました。たくさん一気に書いたせいか、プチスランプでしょうか…毎日は無理そうですが、出来る限りの頻度で更新したいと思います
_ノ乙( 、ン、 )_




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