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「天為我父 地為我母 在六合之中 南斗 北斗 三台 玉女 左青龍 右白虎 前朱雀 後玄武 扶翼 急々如律令!」


矢坂早苗の足元から勢い良く光が飛び出し、神々を襲うはずだったゼウスの雷は全て相殺された。


「こーらゼウスのオジサマ!!言葉で言う前に暴力とか、あんた恋愛面含めて自分も学校に通ったらどうですか!!!」


目の前で空に向かって叫ぶ少女に、ハデスは苦笑した。彼女の名前は矢坂早苗と先ほど名乗られたので知っていたが、まさかゼウスに楯突くような人間だとは思ってもみなかった。自分を授業に出させたいと追いかけてきた彼女も、冥府の王である自分のせいで不幸にさせてしまうかとヒヤヒヤしたが、彼女は自分で不幸を打ち払ってしまった。









【 陰陽師がご入用ですか? 】









「急ぎ律令の如くせよ!!」

「わぁ〜、早苗すごいね!」

「でしょー?もっと褒めて良いんだよ!」


半紙に墨で五芒星を描き、ハデスには読めない文字のようなものも一緒に書かれた札と、それから木の葉を数枚。さらに雨水を貯めたコップを机の上に正しく配置し、早苗は見事に緑色の着物…月人が神化した時のような日本の伝統衣装を身にまとった式神を二人も呼び出すことに成功していた。
先ほど木の葉が揺らめいたかと思うとその式神は現れ、早苗にだけそっと真名を耳打ちしたようで、その場で早苗が新たな名前「右京」「左京」と仮の名前を与えた。二人はぱっと見男性のような顔立ちで、呼び出されてからずっと早苗の両隣を守っている。

ハデスは相手がたかだか式神であると分かっているものの、どうしても彼女の隣に男が二人も立っていることが気に食わなかった。放課後はいつも二人で天文部の部室で星座について話をしている。それが今日はこうして結衣とアポロンの居る場所で待たされて、少々気が立っているのかもしれない。
兎にも角にも、早苗の隣に自分以外が立っているのが耐えられなかった。


「右京、左京、二人には少しだけお願いがあって呼びました。」

<なんでしょうか、主?>

<なんでも言ってよ、主>

「あのね、厄祓いを頼みたくて」

<<厄祓い?>>


そう言うと早苗はくるりと後ろでみていたハデスを振り返った。そしてにっこりと笑うと、右京と左京に彼を、と告げた。


「彼の厄祓いって出来るものかしら?せめて軽くするだけでも…」

<…難しいよ、主。僕たち式神だから、力のある神に干渉するのは難しい>

<でも、代替案を提案させてもらうよ、主>


右京と左京は早苗の両側に立った状態から、両側から早苗に抱きついた。流石に捨て置けんと思った瞬間には、二人の式神は光輝き早苗の首元に1つのチョーカーを残して消えてしまった。
光が消える直前に「お幸せに、主」というジェミニの声が聞こえた気がした。


「なるほど…ハデスさんが不幸を呼びこむ体質なら、私は術式でそれを全て相殺させれば良いってこと……」

「早苗、そのチョーカーは一体何だ?」

「能力向上といいますか、陰陽術をより使いやすくするための道具のようです。」


ふわっと笑ってみせた早苗に、ハデスはどうしようもなく愛おしさが募ってくるのを感じた。
式神が召喚されたことに多少の嫉妬心を覚えてしまったことが恥ずかしいくらいに、彼女は最初から今までずっとハデスのことを考えて行動している。天文部で天体観測をしたいという時も、朝一で雨乞いをし雨を振らせて夜には快晴にさせる。
始めて出会った時も、ゼウスの雷からハデスを守ったのは早苗だった。今まで何度、己の呼び寄せてしまった不幸を打ち払ったか分からない少女を、ハデスはそっと抱きしめた。


「すまない、礼を言う。いつも苦労ばかりかけているな」

「私がハデスさんと一緒に居たいだけなので、あまり気になさらないでください。」


抱きしめられたままでこてんと頭をこちらに任せ、早苗はハツラツと笑ってみせた。アポロンが羨ましい、羨ましすぎるよ伯父さんとヤジを飛ばしてくるのもあまり気にならなかった。
不幸を呼ぶどころか周囲に居るひとまで不幸にしてしまう自分を、彼女は自身の能力を駆使して愛おしいと主張してくれる。側に居たいと言ってくれる。これほどの幸せは他にあるだろうか?


「私、この学校が終わったらギリシャ神話の冥府に行ってもいいですか?」

「…駄目だ。生者が立ち入れる場所ではない。二度と戻れなくなるぞ」

「構いませんよ、二度と出てくる気はありませんから。それに、ハデスさんの側に居ないと、このチョーカーの能力も発揮できないじゃありませんか」


言って笑う早苗に、ハデスは敵わないなと呟いて頬に1つキスを落とした。気が強くて頑固で、どうしてこんな女性を好きになったのかとも思ってしまう。きっと、その心の強さが持つハデスを守ろうとする気持ちと、反面で傷つきやすい弱さに気づいてしまったからだろうと思う。
ハデスは早苗をぎゅっと抱きしめると、耳元に囁いた。


「冥府では不幸ばかりで幸せなことはほとんどない。だが、早苗、お前が居てくれるのなら、俺にとってはどんな不幸も幸福に変わる。」

「もちろんですよ、私がハデスさんを幸せにしてみせます。」






【 陰陽師はご入用ですか? 】









2014/06/23
アンケのコメで何回かいただいていたハデス伯父さんでした。
ハデスさんは私が守ってみせる!っていうヒロインちゃん。こういうヒロインも是非とも連載してみたいとは思うのですが…




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