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※ 連載「保健室の女神様」ヒロイン
※ ロキたんが報われない







【さぁ、私を捕らえてくださいな】






「あら?忘れ物?」


早苗は放課後のお茶会の片付けを終えると、トキの姿をした使い魔であるトッキーが何やらペンケースを突いてるのを見つけた。保健室の文具は全てペン立てに入れて管理しているし、持ち歩く時には白衣のポケットにつけている3色ボールペンとシャーペンがセットになったものだけで十分なので、ヘルメスから貰った記憶はない。
しかもペンケースには可愛らしいキーホルダーが付いており、先ほどまでここで一緒に勉強を見ていた結衣のものだろうと思われる。早苗はトッキーが痛めてしまわないうちに取り上げると、結衣の部屋まで届けた方が良いだろうと保健室を出た。

ところが、廊下の窓から見える空は曇天で、色合いも空気も湿度も全てが重たく感じられるような最悪の天候だった。保健室から寮に行くには短い距離ではあるが、屋根のない屋外を通らねばならない。


「まぁ、小雨だし大丈夫か」


早苗はペンケースだけ白衣の内ポケットに仕舞うと、大した雨ではないと決めて屋根から走りだそうと片足を踏み出した。


「シャナセンセ!」


片手首を掴まれ反動で振り返ると、紺色の傘をさしたロキがこちらにその傘を傾けていた。いつから居たのか何故引き止めたのか分からずに、名前だけ呼んで固まっているとロキは苦笑して早苗を引き寄せる。
先ほどまで一緒に保健室で勉強をしていたので校舎に居てもおかしくはないのだが、ロキは困ったような嬉しいような複雑な表情をしている。ロキさん?ともう一度問いかけると、彼は傘の向きを少し直して2人がちゃんと傘に収まるようにしてくれた。


「シャナセンセ、濡れていくつもりだったワケ?」

「えぇ…この程度なら大丈夫だろうと……」

「霧雨ってあんまし降ってなくても濡れちゃうよォ?大人しくオレと入っていきなって」


生徒に気を使ってもらうのはなんだか申し訳ない気がするが、せっかくの申し出を無碍にするのも嫌だなと、早苗はお言葉に甘えてと返すと大人しく紺色の傘におさまった。
短い距離とはいえ話題を切らさないロキに流石だなと思いながら、結局一緒に結衣の部屋へ向かいペンケースを渡すことに成功した。帰りもまたロキの申し出があったので、ありがたくその傘に入れてもらうことにした。




◇ ◇ ◇




ロキのお陰で濡れずにすんだなとほぅっと息をついて保健室の扉をあけようと手を伸ばすと、中からなにやらトッキーのはしゃぐ声が聞こえた。兎の使い魔ウーサーは誰にでもよって行くのだが、因幡の白兎もどきはロキだけに、トッキーはトトだけに懐いている。
中にトトが来ているのかと少し緊張しながら扉を開くと、案の定いつもの仏頂面でじゃれてくるトッキーをあしらうトトが居た。お辞儀をしてから丁寧に扉を閉めて、トトの方をしっかり見て口を開く。礼儀を尽くさないと怒られてしまうことは学習済みだ。


「トト様、お疲れ様です。いらっしゃっていたんですね」

「……貴様、一体どういうつもりだ?」

「え?」


本日は初対面のはずなのに、既にご立腹な様子のトトは早苗がポカンと驚いて居る様子に深くため息をつくいた。トッキーを止まり木に戻すとこちらにヒールの音をたててやってきて、ずいっと顔を覗きこんでくる。近すぎる!と言いたいのだが、いかんせん怒っているトトに物を言える程の度胸は兼ね備えていない。


「まさか、心当りがないなどとはぐらかすつもりか。良い度胸だな」

「すみません、トト様。本日お会いするのは始めてだったと思いますが、私また何かしてしまったのでしょうか…?」


途端、早苗の顔のすぐ右隣でバンっと大きな音がした。一瞬何か分からなかったが、トトの左手がすぐ後ろの扉に叩きつけられたらしい。更にぐっと顔が近づいてきて思わず後ろに下がったが、ただ壁にぶつかるだけで、更にトトと額同士が合わさってしまい、頭の逃げ場がなくなるだけだった。
鼻先がかすめる距離に怒られていること以上に心臓がうるさくなる。


「あの餓鬼と何を話していた?」

「餓鬼…ロキさんのことですか…?特に変わった話はしていません。」

「では何故彼奴の傘を借りる必要があった」

「あちらが申し出てきてくださったからです。生徒に気を使ってもらうのも申し訳ないので断ったのですが……んっ!?」


状況説明の途中に、唇を塞がれた。一番心臓に悪い方法だ。
舌先で唇をこじ開けられ、抵抗する気も起きないままにキスはどんどんと深くなっていく。早苗だって元の世界に居たときに恋人が居なかったわけではない。もちろんキスだってされたことはある。ただ、比べるまでもなく、今されているキスが一番うれしいことは確かだ。
舌で丁寧に歯列をなぞられて、こちらの舌を吸われ、お互いの唾液が交じり合って口の中の味が変わっていく。息苦しくなって顔を背けようと左側を向けば、トトの壁につかれていない方の手で頬を固定される。


「っ……ト、ト様…くるし……」

「んん……私から逃げるな。私だけを受け入れろ。…何故私の気持ちが分からない?」


近い距離でトトの片眼鏡についた装飾が頬にふれてくすぐったい。どうにか大きく息を吸うと、真っ赤になっている自覚はあったがトトを真っ直ぐ見上げて言った。


「一体、どうされたのですか?…その、何故私に…キスなんて……」

「貴様が私を惑わそうとするからだ。神とて、時として判断を誤ることもある。…人と神など……決して触れ合ってはならぬというのにな」


遠回しな物言いに、早苗はおっかなびっくりトトの肩の上から腕を回し、今度は自分から顔を寄せて唇に触れるだけのキスをした。驚いた様子のトトにそっと微笑んでみせると、もう一度今度は頬にキスをする。


「私が人間であることを捨てれば、トト様の側に置いてくださいますか?」

「…何が言いたい。まさか…元の世界に戻らぬつもりか?」

「それもアリだと思っています。だって私、トト様のこと、お慕いしていますから」


あぁ、言ってしまった。
そう思ったのも一瞬で、トトが見せた今までにないくらいの優しい笑みで、戸惑いも躊躇いも吹き飛んだ。


「っは、人間の分際でよく言うものだ。いいだろう、真実の愛とやら…その身にとくと刻み込んでやる。」


覚悟しておけよ。そう耳元で囁かれて嬉しくなってしまうのは、惚れた弱みというべきか、はたまた末期少女と呼ぶべきか。扉に鍵をかける音と共に抱き上げられて、ベッドに降ろされながら、早苗はこれから起きることへの期待と羞恥と、それから嬉しさに胸を膨らませた。



さぁさ、気難しい私の王子様。
私を捕らえてくださいな。
元の世界のことなど、忘れてしまえるほどの深い愛で。





Fin














2014/06/13 今昔
アンケートにありました、「トト様が壁ドン」を採用させていただきました。女神ヒロインには逆壁ドンで活躍してもらおうと思います。
1つのリクエストを分割して2つのネタにするという省エネっぷり流石僕!←




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