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※神話ネタはさみます。知らなくてもギャグとしてお読みいただけるかと



【04:帰宅部と花嫁】






「シャナセンセ〜♪」

「あら、おかえりなさいロキさん。部室は決まりました?」


運動会が実施された翌登校日。
上機嫌に保健室へ飛び込んできたロキは、真っ赤な髪の毛をふわふわとなびかせ、廊下から入ってすぐのところにいた因幡の白兎もどきを抱き上げると、高い高いをしてくるくると回った。それから早苗の執務机にパンっと手をつくと、部室が決まったのだと嬉しそうにもう一度報告してくれた。
やはりどうも手のかかる子供を持ったような気分にさせられるのだが、いかんせん相手は長く生きた神様でそして尚且つ顔が良い。これで心揺さぶられるなという方が難しいところだ。


「そんなに良いところだったんですか?」

「そうなんだよー、ユイがね、一番に帰宅部の部室を決めてくれて!」

「帰宅部に部室ですか……既に保健室が部室と化しているような気もしますが」


ロキの後を追いかけてきたのかトールも保健室へやってきて、ロキが早苗に絡んでいるのを見ると大きなため息を付いてみせた。北欧神話組唯一の良心であるトールの訪れに、早苗は内心でほっと安心した。
トールは予想通りにロキを窘めてくれたので、早苗は二人にお茶とお菓子を振る舞う事ができた。二人は用意しておいた和菓子を興味深そうに口にし、美味しいといって食べ、そして日本茶には目を丸くした。緑茶が苦手だった時のためにきちんと紅茶も用意しておいたが、二人は緑茶も全て飲んでしまった。どうやら他国の食べ物を食べるのは珍しい経験で、興味深かったらしい。


「ところでさ、シャナセンセ。部活の『こもん』って何?」

「顧問というのは、部の活動を監督して生徒がきちんと活動出来ているか、怪我人が出ないかなど見守る教師のことですね」

「へ〜、じゃぁシャナセンセは帰宅部の顧問になろうよ!うん、それがいい!」


どこで聞いてきたのか顧問という存在に興味があるらしいロキは、最後に残ったウイロウを口に放り込むと、楽しげに言った。向こう側でトールが薄いながらも呆れた表情を浮かべていて、彼も苦労しているのだなと早苗も笑顔にさせられた。
帰宅部に顧問は特に居ないことを教えると、ロキはつまらなさそうに口を尖らせた。既に顧問をしているようなものだが、間違った知識を与えるのは少し躊躇われたのだ、


「トールちん、シャナセンセが顧問になってくれないんだけどぉ〜。つまんない!」

「……ロキ、先生にも仕事がある。帰宅部の活動内容に顧問が不要なことは分かっているだろう?」

「でーもー」

「………そもそも、どうして矢坂早苗という存在にそこまで固執する?」


トールのもっともな問にロキは考えるように人差し指を顎に当てると、少し上を向いて唸りだした。からかったり構ってもらうのにちょうど良いだけで、きっと確かな理由はないのではないだろうか。結衣のように同じクラスで授業を受けてるわけでもなく、関わっているのは雷に打たれたところを看病したりしたからで、何かずっと一緒に居る理由があったからではない。


「シャナセンセは色々詳しいし面白いこと教えてくれるから。だからセンセのこと好きなんだ」

「……そんなニヤニヤした顔で言われても、からかってるってバレバレですよ」

「えぇ〜、ちょっとくらい照れてよ」


つまらなそうに言うロキの頭をぺしりとトールが叩き、早苗はまた思わず笑い出してしまった。出来るならロキの所属する帰宅部が楽しいものであって欲しいと思うが、あいにくと早苗が得意だった教科は音楽だ。帰宅部のクラスメイトたちがやっていたような、帰りがけにゲーセンに寄るだとか、皆でパフェを食べてみるだとかそういう経験はまったくなく、しかもこの箱庭では寮生活であり寄り道出来る場所も限られてくる。
となれば、授業に関係のあることを勉強してほしいと思うものの、ロキは座学を好まなそうだ。缶蹴りやら色鬼は楽しそうだが人数も足りないし。とそこまで考えて、早苗は図書室から借りてきていた本の存在を思い出した。


「そうだ、ロキさんトールさん、授業よりも楽しい勉強をしてみませんか?」

「えぇ〜、本当に楽しいのォ?」

「まぁまずはやってみましょうよ」


早苗は奥の私室から心理テストの本を持ち出してくると、簡単な質問に答えると、その人のだいたいの性質が分かるのだと言うと、ロキは少しだけ興味を示してくれたようだった。


「人間に対して行われる内容ですから神様に対して有効かは分かりませんが、とにかくやってみましょう。
 第1門、ライオンが入っている檻があります。それぞれの位置に当てはまる人物は誰ですか?
 1、ライオンに乗っている人
 2、ライオンの檻の中にいる人
 3、周りで見ている人」

「そのライオンってどんなライオンなのかな。ネメアの獅子?」

「なんでギリシャ神話に詳しいのかは聞きませんが…そうですね、ロキさんの思うライオン、ネメアの獅子ということにしておきましょう」

「…じゃぁ乗ってるのはバルドル、檻の中は草薙結衣、周りで見てるのはシャナセンセとトール。オレは今どこに居るの?外?中?」


自分の場所はどこでも良いことを伝えると、ロキは納得出来ないような微妙な顔を見せたが、それでも答えは気になるようで、早くと急かしてきた。早苗はトールにも考えてもらうと、それから自分が最初にやった時の答えも言ってから答えを出してあげた。
ロキは心理テストの本をじーっと穴が開きそうな程見つめ、それから早苗の顔を見上げた。


「ということは、オレってシャナセンセのことどーでもいいって思ってるってこと?」

「心理テストはあくまでも一般的な人間の思考と心理を読み解くものです。必ずしもそうとは限りませんが、そう思っている確率は高いということです。」

「だってシャナセンセ弱そうだから檻の外に居てくれなくちゃ困るじゃん。どーでもいいわけじゃないんだけどなぁ…」

「…自分でも気づいていない深層心理を読み解くものだ、ロキも本当は先生のことを」

「そんなことないし!」


ひとしきり心理テストの本を進めていると、簡単に出来て話題にも困らないためか、ロキもトールも楽しげに回答してくれていた。時折、幕の内弁当はなにかだとか、電車とはなにかなど人間に関する質問が飛び出してくるので、その度に早苗は演劇の幕間に食べる弁当だとか人を載せて走る馬のない大きな馬車だとか、そういったことを説明していった。


しばし3人でお茶を楽しんでいると、保健室の扉が遠慮なく開かれた。予想通りにトトが入ってくると、彼はプリントの束を早苗に持ってきたようで、ロキとトールが居ることに気づくと驚いたように目を少し見開いた。早苗は無言で立ち上がってトトに椅子を進めると彼がそこに座ったので、さらに彼の分のお茶も追加で用意した。一連の無言でされたやりとりを見ていたロキたちは驚きにポカンととした表情を見せている。


「貴様にゼウスからだ」

「ありがとうございます。」

「へぇ〜、センセでも自分で何かすることあるんだ〜」


無遠慮な言い方に早苗が慌てると、トトは特に気にした様子もなく用意されたお茶に手をつけた。トトはエジプト神話でもかなり初期から居る神だ。ロキやトールも古い神ではあるが、性格の面においてはトトの方が大分大人なのかもしれない。


「しかし意外なものだな。先ほど根暗に出くわしたが、奴も保健室へ向かおうとしていたようだった。そこの餓鬼やのっぽより奴の方が気が合いそうなものだが」

「餓鬼って…確かにハデスさんはしっかりお話を聞いてくださる方ですが、特にここへいらっしゃることはありません。」

「ふん。付き合う者は選んだ方が良い。」


トトはお茶を飲み干すとロキたちには目もくれず立ち上がると、寄ってきたトキの使い魔の頭をそっと撫でてから保健室を後にした。
トールはいつも通り冷静な無表情のままでいたが、ロキはどうやらトトの様子が気に食わなかったようで乱暴にお茶を飲み干すと、ずいっと早苗の方に顔を近づけてきた。


「ちょっと何あれ〜!オレたちシャナセンセに近づくなってことォ?超ムカつくんですけど」

「お、落ち着いてください、ロキさん。トト様も虫の居所が悪いことくらい

「…虫の居所が悪いとすれば、俺たちがここに居たことが原因だろうな」

「え?」


トールの言い分にロキも大きく頷き、早苗は何がなんだかよく分からなくなった。確かにトトなら、ロキたちといたら早苗まで子供っぽくなるとも言いかねないが、そもそもトトが早苗を気にかけるとは思えない。
それを二人に言うと、またもトールが難しい顔で付け加えた。


「……早苗先生を、気にっているのではないのか?」

「トト様が?」

「さっきデスに会ったっていうなら、プリントだって押し付けちゃえば良いのに、わざわざ自分で来るなんて…シャナセンセ独り占めしてるみたいでムカつく〜」


ロキはそれだけ言うと途端つまらなくなったのかお茶菓子をパクっと頬張ると、ガラガラと大きな音をたてて扉を開くと保健室を後にしてしまった。何か怒らせるようなことをしただろうかと不安になってトールを見ると、彼もまた困ったように笑っていた。
自分でロキに聞きに行かなくてはと思うが、そんな若いことをする気力も勇気もなく、早苗はひとまずトールに話をきけないだろうかと口を開いた。


「ロキさんは、怒ってしまったのでしょうか」

「…いや、多分ロキは…お前を気に入っているから、取られたくないだけだろう」

「ロキさんが私を?」

「あぁ。あの執着の仕方はバルドルに対するものと似ている。」


確か北欧神話ではラグナロクという世界戦争が起きて一度世界が滅びる。そのきっかけとなるのがロキによるバルドルの殺害だ。そういう意味で執着されているというのなら、ロキは早苗を殺したいのだろうか。殺したい程好かれているというのなら嬉しいような気もするが、出来ればまだ死にたくないのでミョルニルで復活させて欲しい。
そんなことを考えているとトールは難しく考えない方が良いと言って、ロキを探すと保健室を出て行ってしまった。ロキやトトの考えていることもさっぱり分からないが、トールの考えもなかなか分からないものだなと、早苗は大きなため息をつくしかなった。





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