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「好きです」


そのたった4文字に、早苗は身動きが取れなくなった。教室の中からは「僕もだよ」という返事が聞こえてきて、今度こそ早苗はどうして良いのか分からなくなった。

早苗と結衣は2人で人間代表として今まで頑張ってきて、巡った季節は春冬夏ときて今も校舎の外ではうるさいくらいにセミが鳴いている。廊下の教室側の壁に背中をつけていると、入道雲が窓の外遠くのほうに見えて早苗は困惑した。あと秋が過ぎてしまえば早苗も結衣ももとの世界に帰らなくてはならない。半年もないうちにお別れが来てしまうというのに、どうして結衣は思いを告げたのだろうか。
早苗は自分のことを現実的な人間だと思っている。こんな非現実的な箱庭での生活を元の世界に戻っても覚えていられるだなんて、そんな都合の良いことはないはずだ。今どんなに好きになっても忘れてしまう。空を見上げて「あの人も同じ空を見てる」だなんてそんなロマンチックなことは出来やしないのだ。


「あれ、シャナじゃん。どーしたの?」


見ていて暑い真っ赤な髪の毛が視界に入ってきた。ロキの登場に、嫌でも心臓が跳ねるのが分かる。本当に、自分の気持ちを素直に告げられる結衣が羨ましい。
早苗は制服のスカートをきゅっと握って、余計なことは言わないようにとロキに向き直った。


「ロキさんこそ、夏休みだっていうのにどうされたんですか?」

「オレは?オレは…ニヒヒッ、内緒〜♪」


普通に男女が話すよりも余程近くまで寄られた距離に、また心臓が痛いほど高鳴った。どうしようもなく好きだと分かっているが、それを認めてしまえばお別れが辛くなる。ロキと別れて正常で居られるとは思えないが、そもそも忘れてしまうのだからどうしようもない。
お別れしても覚えていられるなら良いのだ。この身も心もロキのものだからと決めつけて、他の男性に靡かずにいることが出来るだろうから。けれど忘れてしまったら、早苗は元の世界でロキではない誰かと恋をしていつか家庭を持つことになるだろう。それがたまらなく気持ち悪い。
イタズラが大好きで早苗では手に負えないようなこともしてくるロキが、大好きで大好きで、幼馴染だというバルドルやトールがとても羨ましいくらいなのに。忘れてしまうだなんて神様は不公平だ。意地悪だ。


「にしても、草薙結衣もアホロンを選ぶなんて男の趣味悪いよねェ」

「…異性の好みは人それぞれですから」

「でも、アンタもアホロンが良いとは思わない、でしょ?」

「……」


声に出して肯定するのは躊躇われたので黙って頷くと、ロキは満足気に微笑んでみせた。早苗の顔を両手で包むとよそ見が出来ないように目線を併せ、口角をさらに釣り上げる。


「言ってご覧、シャナ。アンタは誰がいいのか。この世紀のトリックスターに教えてご覧よ。叶わないはずの恋も思いも全部叶えてあげるから」

「っ……そうやって、からかうのはやめてくださいッ!」


人間が嫌いだと言っていたロキがこんなことをするのは、ただ早苗の反応を見て遊ぶのが楽しいからであり、断じて早苗のことが好きだからじゃない。それはよくよく分かっているのだ。彼の今後の運命は神話の中で決まっており、全てはラグナロクを引き起こす原因となる、バルドルの殺害に向いている。
悲しい定めに向かって歩く彼がたかだか人間を思うはずもないし、まして結衣と並べたら余程色々と劣っている早苗を選ぶはずはない。そう思うと涙がこぼれそうだ。


「いつ、誰が言った?オレはからかってるつもりなんて、ないんだけど?」

「でも…私は、」

「他の奴が好きならそう言えば?それでもオレは、叶えてあげるよ?なんと言っても、オレはシャナ専用のスターだから」


真っ直ぐに、自分以外の名前が出るはずないと確信した瞳がこちらを射抜いていて、早苗はよそ見も目をつむることもできなかった。その熱いものを込めた瞳が少しず近づき、目をつむる余裕もなままに唇が重ねられた。
ちゅっちゅっと音を立てて何度も触れ合うキスに、早苗はこらえきれなくなってついに目を閉じた。思いを伝えてはいけないと思っていたはずなのに、まさかこんなにしっかりバレていただなんて恥ずかしい。


「トールちんでもデスでも、あんたが本当にそれを望むなら協力してあげる。…あ、でもバルドルは駄目」

「っふふ、ロキさんは本当にバルドルさんが好きなんですね」

「特別、だからね」

「……その特別に、私も入れてくださいと言ったら叶えてくれますか、北欧神話のトリックスターさん?」


溢れる涙を気にせず問いかければ、にぃっと唇が持ち上がっていった。今度はもっと深く唇が重なって、舌を吸い上げられ互いの唾液が交じり合い、口の中の味が変わっていく。終わる時が見えている恋に身を焦がすことに抵抗はあったが、ロキという炎の神に焦がされるのならそれも良いのかもしれないと。早苗はぎゅっとロキの背中に手を回して考えた。





【 Burning Love 】



「どうしよう…どうしようか妖精さん、ロキロキが……」
「これは教室から出られませんが…見せつけられるのもなかなか辛いです」







2013/11/30 執筆
2015/06/09 掲載




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