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「シャナー!!」


背中から盛大に突撃されて転ばなかったのは、本当に運が良いと言えるだろう。白崎早苗は心臓が壊れるのではないかというほど飛び上がっていたが、それでも飛びかかってきた張本人であるアヌビスには笑顔で振り返った。


「どうしたの?」

「えっと、トリック・オア・トリート!」

「? まだ6月だよ?ハロウィンは10月」

「えっと、じゃぁ…もういくつ寝るとお正月?」

「あと150は残ってるんじゃないかな」


箱庭を卒業してエジプト神話の世界に帰ってきた今も、アヌビスは人間の文化について興味が尽きないらしい。時折トトがこいつを止めろと首根っこを掴んでアヌビスを"持ってくる"ことがあるくらいには、知識欲旺盛だ。知識の神であるトトが投げ出すくらいなのだから、相当構ってくれと言っているのだろう。
早苗は少し背伸びして頭を撫でると、彼が何を言いたくて言葉に迷っているのか聞き出すべく、優しく問いかけた。


「今日はどうしたんですか?人間のお勉強?」

「違うよ!アヌビスは…えっと……鬼は外!っていうんだったかな…」

「それは4ヶ月くらい前に終わりましたよ」

「じゃぁ、テクマクマヤコン!」

「なんでそれを知っているのか、とても気になるところではあります」


某魔法少女の魔法を唱えられても、一体何が言いたいのか良く分からない。
神様の割にとても子供っぽい自分の恋人を見つめ、何か行事があるのだということだけは把握できた。1つ頷くとかたっぱしから行事を言ってみることにした。


「お正月?」

「違う」

「節分、桃の節句に端午の節句、七夕?土用の丑の日?」

「土曜日は牛の日なの!?」

「それについてはまた詳しく説明しますね。…んー、あとはお月見にクリスマス、ハロウィン?」

「おっかしいな、全部違うなぁ。トトはシャナなら知ってるって言ってたのに…あ、そうだ!」


アヌビスは思い立ったようにぴょんと1つ飛び跳ねると、早苗の手を引いて外へと駈け出した。死後の裁判というお仕事は良いのかと問いかければ、今日の分はおしまいだと叫び返され、よく分からないまま早苗はアヌビスとともに、アヌビスたちが暮らす建物の裏手へと駆け込んだ。
そこには泉が湧いていて砂漠では珍しい草花が生い茂っている。いわゆるオアシスというやつだ。アヌビスは手近にあった木にひょいひょいと登っていくと、美味しそうな果物を1つもって降りてきた。


「はい、シャナ、おめでとう!」

「ありがとうございます。…でも、私今日は別に誕生日でもなんでも………あ…」

「そう、それだ!!誕生日だよ!」


先ほどから何か言いたげだと思っていたら、彼はどうやら今日が誕生日であるということを言いたかったらしい。
神々に明確な誕生日はない(トトに至っては創造神であるため自分で自分を作ったことになっているし)ので、箱庭で学園をやっている際にそれぞれのエピソードから結衣と2人で神々の仮の誕生日を決めたことを思い出した。今日は箱庭でのアヌビスの誕生日だ。こちらに来てから時間の概念が薄いためすっかり忘れていたが、確かに今日はアヌビスの誕生日に違いなかった。

忘れていたことを申し訳なく思うと同時、早苗は自分がプレゼントした誕生日というものをアヌビスがしっかり覚えていてくれたことが嬉しくて、ぎゅっと抱きしめた。


「アヌビス、お誕生日おめでとう!忘れててごめんね」

「ううん。箱庭や人間の世界と違って、ここは季節が変わらない。人間だったシャナが時間の流れに気づかなくても、しょうがないよ」

「…でも、次はちゃんとたくさんお祝いするね!」

「…! それじゃぁ、来年も忘れてて良いよ!」


何やら楽しげに忘れろと言うアヌビスに、早苗は1つ思いついてしまった。


「来年も忘れてたら、次はちゃんと覚えてるぞって一緒に居ようとしてくれるでしょ?アヌビス、それが嬉しい!」


忘れてしまったら忘れていた分、その一年一緒に居てほしいということなのだろう。言って微笑むアヌビスに、早苗も釣られて笑いながら返した。


「大丈夫、誕生日じゃなくても、誕生日を覚えていても。ずっと一緒に居るから、ね?」

「本当!?シャナ、大好き!」


無邪気に飛びついてくるアヌビスの背中にそっと腕を回しながら、早苗は永遠に近い命をアヌビスの隣で歩みそして終えるという幸せを噛み締めながら、まぶしすぎる太陽に目を閉じた。











【 Don't Forget!! 】







2014/06/06 今昔
アヌビス、はぴばー!




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