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※女神ヒロイン



【 最高に幸せなキスを 】





人間と愛情のことを学ぶためにと集められたシャナは、正直なところ庇護対象である人間については良いとしても、愛情については学ぶつもりはほとんどなかった。つまり、学校生活に対しては然程熱心ではなかったといえよう。そもそも人間を嫌っているわけでもないのに呼ばれるなんて失礼なはなしだ。
とはいえ、成り行きで生徒会なるものに入れられてしまっては、その責務を果たすのが礼儀。何より生徒会長には男神であるアポロンがなったのだから、男の後ろに一歩引いて組織を守っていくのが女性の勤めというものだ。

今回は秋を満喫すべく文化祭を開催しようとしたところ季節が一気に冬に進んでしまったため、クリスマスイベントの企画をしようと資料を集めていた。
シャナもまた生徒会の活動を通して人間を学んでいたが、やはり愛について学ぶ気はさらさらない。


「あっれ〜?そんなに大量の本抱えてどうしたのさァ?」

「ん?その声、ロキですか?生徒会のお仕事ですよ。」

「ふーん。随分と人間に協力的だね。最近は構ってくれなくて寂しい〜。最初は一緒に雷に打たれた仲だっていうのにさ!」


積み重ねすぎた本の上から少しだけ覗いている赤髪が、話す度にふわふわと揺れている。シャナは日本神話の世界からやってきた能や歌舞伎、そして音楽を司る芸能の神様であるが、北欧神話の悪神ロキに何故かなつかれている。
確かにロキのイタズラもシャナの芸能も他人を楽しませるという点においては似ているかもしれないが、北欧神話きってのいたずらっこに懐かれるというのは、少々心臓に悪い。


「たーやんってシャナちんの上司みたいなものなんデしょ?なのに部下のシャナが人間と積極的に関わるなんて、どーなの?」


ほら今もまた。
ロキはシャナが人間と関わってしまう生徒会のことをしていると、すぐに不機嫌になってしまう。手のかかる息子が出来たらこんな気持ちになるのだろうか。


「これは仕事ですから。アポロンが生徒会長となった以上、女である私はそれを後ろから支えて差し上げなくてはなりません」

「へー。アポロンが好きなの?」

「?? いえ、これは義務ですから」


日本人って義務が好きだねと笑ってみせたロキは、先ほどまでの不機嫌さはどこへやら。シャナの持っていた本を全て取り上げると隣にならんで生徒会室へと向かい始めた。帰宅部の活動は良いのかと問えば、こうして誰かと寄り道するのも大事な活動だそうだ。
男性と一緒に歩く時は斜め3歩後ろが定位置なシャナにとって、この真横という位置はどうも落ち着かない。ドキドキとうるさい程に心臓が鳴り、緊張のあまり手に汗握るほど体に異常をきたしてしまう。かといって歩みを少し遅くすればロキもまた遅くなり、なかなか後ろには行かせてもらえない。
草薙にはお固いと言われてしまったが、制服すら改造してロングスカートにしているくらいなのだ。そうそうこの性格は変えられそうにない。


「ヤッホー☆ ロキ様とーじょー!」

「あれ?ロキ、珍しいね、生徒会室に来るなんて」


生徒会室に残っていたのはバルドルのみだったようで、ロキを見ると目を皿のようにした。同じ神話からきているためか、彼らはとても仲が良い。ロキのサボりぐせもよくよく分かっているのだろう。


「シャナちんってば一人でこんなに本持とうとしてるんだもーん。無茶そうだったから一緒に来ちゃった♪」

「そうだたんだね。シャナさん、言ってくれれば手伝ったのに」

「いえ、殿方にこのような雑務をさせるわけには…」


言えば、机に本を置いたロキが盛大なため息をつき、バルドルもまた苦笑いをしてしまう。何か変なことを言っただろうかと小首をかしげれば、バルドルは観念したように口を開いた


「だって、私は同じ生徒会のメンバーだし、ロキとは恋人同士なんでしょう?だったら頼ってくれた方が、私たちは嬉しいのだけれど」

「? 恋人…? 私とロキは恋仲なんです?」

「だって、ロキは朝一番に貴女を迎えに行くし、昼食も一緒に食べているし、放課後もこうしてよくお手伝いをしているでしょう?ロキが私とトール以外にべったりだなんて始めてのことだから、恋人同士なのかなと思ったんだ。」

「はぁ…」


一体どこをどうみたら恋仲に見えたのかさっぱりわからなかったが、毎朝ロキは勝手に迎えに来るし、食事に誘ってくれるから特に理由もないので断らず、そして今日のように手伝ってくれるのはシャナを母や姉のように思っているからではないのだろうか?
現世の日本で流行りのことばを使うのなら、「解せぬ」である。


「はぁ〜、分かってたけどシャナちんはニブチンで堅物だなァ
 まぁその分、他の男どもが寄ってこなくて助かってるけど?」

「そうなのですか?」

「そうだね。シャナさんは身持ちが堅いイメージがあるから、テュルソスも肩を抱き寄せたりしないだろう?」


確かに言われてみれば、ディオニュソスは草薙には軽く軟派な態度をとっているが、シャナは特に触られた記憶はない。
アポロンがシャナを女神様と呼んで抱きつこうとした時も、尊があねぇと呼んで引っ付いてくる時も、アヌビスが母に甘えるようによってくる時も、とにかくロキが阻止していて男神たちに触れられたことは一切無いような気がしてきた。


「ロキ、実は凄い人です?」

「あれ?今更気づいちゃたのォ〜?」


オチャラケた態度をとっているが、瞳の向こうに見えるものは誰よりも紳士的で情熱的で、そして真っ直ぐだ。バルドルやトールに向けるのとは違うその実直さは、一体どんな意味があるのだろうか。


「ロキ…卒業したら北欧神話の世界に帰るんです?」

「そうなるね。あれれ、シャナちんってば寂しいのォ〜?」

「え…?」

「えっ、ちょっと、何本当に泣いてるのさ」


視界がどんどんと曇っていき、ぼやけた景色の中でロキが慌てたように手をパタパタと彷徨わせ、最終的に袖口をつかって涙を拭ってくれた。やっぱり彼は優しいなと思っていると、ちゅっと目元に唇が寄せられた。


「ほーら、涙が止まるおまじない!」

「…随分と気恥ずかしいおまじないですね……」

「でも涙は止まったでしょ。効果バツグン。」

「うん、止まった。止まりましたが…でも私たちはいつか卒業してしまう。
 つかはロキとも、他の皆ともお別れしなくてはなりません…」


しゅんと項垂れて言えば、また涙がこぼれそうになってしまう。ロキはあーもーと頬を軽く染めて頭をかきむしると、シャナの肩と顎に手を添えて少し上を向かせると、今度は唇同士を寄せ合った。
始めて感じた接吻の感覚にシャナが戸惑っていると、ロキは可愛らしい音をたててもう一度もう一度と唇を合わせてくる。物理的に息ができないのと、感極まってしまって息ができないので、頭がどうにかなるのではないかと思った。


「そんなにオレと離れるのが寂しいなら、来ちゃえばイイじゃん。」

「…?」

「卒業したら、北欧神話の世界にさ!あ、オレが日本神話の世界に行っても良いけどネ☆」

「え!? そんな、神として軽々しく自らが司る世界を離れるなど…」

「そんなのどーでもイイでしょ、正直さ。そんなことより、オレとしてはシャナちんを泣かせない方がよっぽど大事」


トリックスターとは、つまり奇術師のようなものだろう。ならば彼はまさにその通りだ。自分の責務を全うせねばと思っていたはずなのに、一言言われただけでシャナもまたロキの世界へ行きたいと思わされてしまうのだから。
シャナはぎゅっとロキに抱きつくと胸元に顔をうずめて小さく言った。


「行きたいです、ロキと同じ場所へ」

「そうこなくっちゃ〜♪ アンタが最高に幸せになれるキス、何回でもしてあげる」






【 最高に幸せなキスを 】




「いいなぁ、私もそんな可愛い恋人が欲しいよ」
「ちょっとバルドル、シャナちんをそんな目で見ないでくれる?」
「シャナさんはとても可愛らしい人だからね。同じ神とはいえ光の能力にも惹かれないし」
「だーめーなーのー!シャナちんはオレの!」
「はいはい」





2013/12/01 執筆
2014/05/26 修正、掲載   今昔




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