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【 Gentle Moon 】
優しい月光だと思った。故郷を遠く離れてこの場所へとやってきた早苗にとって、日本でも風物詩として親しまれていた月を眺めるのは日課と呼んでも差し支えない。草薙結衣の部屋にはメリッサという泥人形…否、メリッサという同居人が居るらしいが、早苗は一人ぼっちだ。これなら最初にゼウスへリクエストしておけばよかったと思う。
早苗は中庭に出ると一番大きな木にもたれ掛かって月を見上げた。
不思議なもので日本では月は男神だが、ギリシャ神話では女神であり、国によって月が司る性別が異なっている。かくいうこの箱庭へも、ツクヨミである月人がやってきており、比較的友好的な関係だと自負している。
弟でスサノオである尊ともそこそこ仲は良い。
「矢坂早苗。何をしているのですか?」
噂をすればなんとやらと言うが、月人も同じように月を見に来たのか、私服姿で中庭へと姿を現した。併せ襟の私服は、とても彼らしいと思う。
「月を、毎晩見ているんです。今日はちょっと考え事をしたかったので、外まで出てきました」
「そういうことではありません」
「ん?」
言うと月人はゆっくりと寄ってきて、羽織っていた上着を脱ぐとそっと早苗の肩にかけた。どうやら薄着で外に居ることを心配されたらしい。優しさは言葉少なな性格のせいで分かりづらいが、誰よりも周りに目を向けていると早苗は思う。
「ありがとうございます。」
「いえ、矢坂早苗に風邪をひかれては困るので」
関わっているうちに少しずつ見えてきた感情は、注意してみなければまだ気づけないしクラスメイトたちもなかなか分かってはくれない。が、早苗は確かに今、彼が少しだけ照れたことに気づいた。
出来るなら困る理由を聞きたいところだが、生憎と早苗は人間で月人は神。この学校を卒業できれば離れてしまう運命にある。言いたいことは言えないし、聞きたいことも聞けない。それでもこの穏やかな時間がずっとずっと続けば良いと願った。
「今日は月の明かりが暖かい気がします」
「はい。今日は月が綺麗ですね」
「……月人さんはとても博識だと思っています。」
「ありがとうございます。トト・カドゥケウスほどではありません」
更に照れてみせた月人に早苗までも頬が熱くなるのを感じて、やはり卒業なんてしなくて良いのではないかと思い始めた。
出来るならこの優しい月明かりの中、優しい彼とともに居られたら…
それ以上何を望むと言うのだろうか?
2013/12/01 執筆
2014/05/26 修正、掲載 今昔
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