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早苗はそっと、トトを包む光に手を伸ばした。
自分の体が消えていくのが分かる。痛くないのは、体が消えていくのが神の力によって引き起こされているからなのか、それとも相手がトトだからなのか。早苗には全く分からないが、それでも辛いとも痛いとも全く思わなかった。それよりも、世界をやり直してしまうことでトトが隠れて傷つく方が余程辛いし心が痛い。


「私、トト様が好きです。」


上手く喋れているかなんて分からない。けれど貴方が大切で愛おしくて、傷ついてほしくない。そのためなら自分の命をかけても構わない。そう思っていると伝えたかった。


「トト様、世界のことよろしくお願いします。私は消えてもずっと、どこかで貴方を見守っていると思いますから」


魂さえも消えてしまうだろうこの光に包まれてしまったら、見守ることも出来ないかもしれない。そう思うと涙が零れた。零れたはずの涙さえも消え、喉が消え、そして最後にトトの姿が見えなくなったところで、早苗の意識はふっと途絶えた。






【 この世で一番あなたが×× 】






トトは早苗が消えてしまった場所に伸ばしていた手をぎゅっと握りしめ、ようやく消えた破滅を呼ぶ光に恨めしさを募らせた。世界を壊す力は膨大で、発動に時間もかかれば、止めようと思ってもすぐに止まるものではない。
早苗の身につけていたもので光に唯一触れなかったらしい髪留めのピンが、ころんと床に転がった。彼女の祖国である日本の伝統柄が織り込まれた布が、綺麗に花の形を作っている。


「矢坂、早苗…」


名前を呟くだけで涙が出るというのは本当にあるらしい。ただの一人の人間であった女の名前がこんなにもトト個人にとって大きな存在になるなど、神としてあって良いことなのだろうか。そんな背徳感さえ感じていた。
ただ、消え行くなかで彼女がとぎれとぎれに言った言葉は、世界を消すな守れということと、トトに対する好意だった。その事実がたまらなく嬉しいと同時、もう二度と手に入らない早苗という存在に体中が悲鳴をあげていた。


「トト・カドゥケウス、これは一体何事ですか?」


トトが愚鈍と呼ぶ生徒の一人が図書室へと足を踏み入れ、その悲惨な状況に息を呑んだのが聞こえた。今は誰にも会いたくない、会いたくないが追い払う気力さえもなかった。
月人はトトが神化していることを追求することはなく、ただ静かに歩いてくると早苗の髪留めを見下ろして悲しげに微笑んだ。


「矢坂早苗は、行ってしまったのですね」

「私の、落ち度だ」

「……そうですか。
 ですが、きっと、彼女には彼女の信念があって行ったことなのでしょう。彼女は意味もなくトト・カドゥケウスにそのような顔をさせる人間ではありません。」

「…」

「トト・カドゥケウス。差支えがなければ、彼女が何をしたのか聞かせていただけませんか?」


月人は髪留めを拾い上げるとトトに握らせ、正面に正座してトトの顔をのぞき込んだ。それからトトが話しだすのを待つようにただ黙ってそこに座った。
こちらの話を聞くべくただ待って、放漫な振る舞いも気に留めず何か意図があるのだろうと言った早苗のそれと、今目の前に居る月人の様子が被って、今度こそ本当に視界が涙で揺れ動いた。



お前の居ない世界なら要らないと思うのに、お前が大切にした世界だと思えば消すことなどできはしない。










2013/12/26:執筆
2014/05/26:修正、掲載

さて、アニメ化して世間が騒いでるので、過去に書き溜めた神あそ作品をうpしていこうと思います。




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