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早苗は危うく忘れるところだったトトの呼び出しを思い出し、神々が寮へ真っ直ぐ戻っていくのを見送ると急いで図書室へと向かった。扉をノックして開き、礼儀正しくお辞儀をしてまずは遅くなったことを詫びた。


「失礼致します。遅くなりました、申し訳ございませんトト様」

「…教師としての勤めを果たしてたのであれば問題はない」

「ありがとうございます。」

「座れ」


お咎めが無いことに安心し、早苗は促されるままにトトの座るテーブルの反対側へと腰掛けた。トトはいつもの面倒そうな雰囲気を少しだけ和らげていて、これは早苗にも楽しい話かもしくはトトだけが楽しい話かと警戒せざるを得ない雰囲気だった。


「ゼウスからの生徒である神々に関する中間報告だ。」

「卒業見込みに関して、ですね」

「卒業見込みは全員が今のところ持っている。だが貴様には特に面倒を見てもらいたい神が居る。ハデス、スサノオ、ロキの3人だ」

「承知いたしました。」


全員が卒業の見込みがあることに安心して両肩の力を抜くと、トトはふんと鼻を鳴らして笑った。


「貴様は単純だな」

「分かりやすくて良いではありませんか。最もトト様であればひねくれていても感情を理解できてしまうのでしょうけれど」

「当然だ。私に知らぬことなどない」

「叡智の神様ですものね。魔術や月も司る神様、弱みが無いのかと心配になってしまうほどです」

「心配?弱い部分がないと不安を感じるのか?人間とは不便だな」

「ものは固ければ逆に折れやすい。針金は何度も曲げれば折れますが、毛糸は捻ってもなかなか切れません。」


早苗の言葉を興味深そうに聞いていたトトは、最後に一つ把握したという意思表示なのか頷いてみせ、そしてじっとこちらの目を見つめてきた。異性に目を合わせられる気まずさとトトが持つ威厳で思わず目をそらせば、楽しそうにクツクツと笑う声が聞こえた。
驚いて顔を上げれば、トトが意地悪そうな笑顔で笑っており、早苗はこんなこともあるのかと目を見開いた。


「人間にしてはなかなか面白いことを言う。」

「…これでも一応人間としてはそれなりに歳を重ねましたから。」

「私には遠く及ばない」

「神々の尺度では人間の一生など瞬きと変わらないでしょう」

「そうだな。その瞬きほどの時間しか生きられない貴様を捕まえられたのは幸運だ。」


ふっと緩められた頬に、予想外にときめきを感じてしまったのは、女性として仕方のないことだと思う。


「何を期待に満ちた目をしている。貴様はよく働く蟻のようなものだからな、あの草薙という人間よりも役に立つというだけだ。それとも、もっとからかわれたいのか?」

「っ、違います!トト様がお美しいと思っていただけですのでお気になさらないでください」


慌てて取り繕ってはみたものの、その内容があまりにもお粗末なことに気づき、早苗は顔から火が出るような気がした。更に愉快そうに笑ってみせたトトに、知識を司る神に口で勝てるはずがないのだと自分に言い訳をすると、出来るだけ不自然にならないように図書室を謹んで退室した。
男性経験が無いわけではないが、まともに胸が苦しい程の恋なんてしたことはない。ましてトトにときめくものを感じたとしても、それがバルドルのように神の能力によるものなのか、はたまた本物の気持ちなのかはさっぱりだ。恐らくはトトが人間である早苗の感情が揺れ動くのを見て楽しんでいるのだろうが、それでもやはり自分で答えを見つけることは出来ないまま保健室へと戻ることになった。
その夜は妙に寝付けなかった。







第3話、終。







2014/06/03 今昔
トト様が好きすぎて胸が苦しいなう




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