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そのうち結衣が対決に関して相談があるから戻ってこいと呼びに来て、早苗はまだ動きづらそうなハデスに手を貸しながら運動場へと戻った。


「やはり、ここはもう一戦交えてもらうのが妥当なのでは?」

「矢坂先生はどんな対戦方法が良いと思いますか?」

「個人戦ばかりのようでしたから、今度は団体戦とか…」


それを聞いた結衣は運動場に出て早々に神々の元へと駆けて行くと、早苗の提案を周りに話して回っているようだ。ハデスが再度、苦労しているのだな、と小さく呟いた。怪我をしているとはいえ元は神様。驚異的な回復をしたようで、ハデスは最終決戦にも参加すると言って出て行ってしまった。
早苗はテントの下に戻ると、足元をウロウロしていたウーサーと因幡の白兎もどきをテーブルの上にあげてやり、最終決戦の様子を眺めることにした。


「そういえば、ロキさんとバルドルさんはイドゥンの林檎が無くても大丈夫なのかな…?確かあれを食べてないと北欧神話の神様たちってすぐに衰退しちゃうんじゃ…」

「変なところだけ知識を貯めているようだな。」


背後から戻ってきたらしいトトが気だるげに言い、トッキーの頭を撫でながら早苗の隣についた。まだ終っていなかったのかと小さくため息をつくと、トトは今までの成績を見て納得したように今度は頷いてみせた。


「この箱庭は時の神であるクロノスの力が働いている。不老不死でない北欧神話の神々も、ここでは林檎を必要とせずとも生きていく事ができる」

「そういう仕組だったのですね。そういえば、私たちもここに居る間は老けないと、草薙さんが言っていたような気がします」


老けないならいっそずっとここに居たいなんてことも考えてしまうが、言えばトトに鼻で笑われるのは分かっているので、早苗は賢く黙っていることにした。
トトはしばしここに居ることに決めたのか、トッキーを膝の上に乗せて最終決戦を観戦する姿勢だ。一般生徒が読み上げた種目は「騎馬戦」だった。足りない人員は一般の生徒からランダムに参加者を決めるようで、赤白それぞれの騎馬が組まれていく。
上に乗るのはアポロンとハデスのようで、それぞれのチームの特徴が見て取れた。アポロンより背の高い神の方がリーチが良いだろうに、彼の場合は性格で上が決まったのだろう。ハデスの方はなにやらロキが指示を出していたので、作戦があってのことのように見える。尊が下で辛くはないかとも思ったが、よくよく考えればスサノオは妖怪退治をして回るような神様だ。体力を心配するだけ馬鹿だったと思い直した。


「それでは位置についてくださいませ!」


妙に古風な喋り方をする日本人風の一般生徒が準備を促し、そしてギリシャ系の生徒がスタートの合図を打ち鳴らした。
アポロンが上に乗った騎馬は勢いよく攻めていく。が、ハデスという冷静沈着な大人と、イタズラにおいては誰よりも頭が働くロキが居るチームが相手では分が悪いらしい。一旦はハデスたちが押されたものの、リーチの差と攻めるタイミングの指示の良さで、決着は案外あっさりついてしまった。
トトは運動会が全て終わったのを見届けると、片付けが終わったら図書室に来るようにと言い残して去ってしまった。

生徒会長であるアポロンが閉会の挨拶をすると、全校生徒から拍手と歓声があがった。なんだかんだ言って神々も精霊の生徒たちも楽しめたようで何よりだ。早苗はウーサーが作ったスポーツドリンクを持つと、戻ってくるハデスたちのチームへと向かった。


「お疲れ様です。それと、おめでとうございます。人間の体は疲労が溜まりやすいでしょうから、こちらをどうぞ」

「わーい、いっただきまーす。トールちんも飲む?」

「……あぁ、いただこう。」

「あの鳥頭と違って早苗先生は気が利くよなぁ〜」


ロキが率先して皆にドリンクを配るあたり、部室が手に入るのが嬉しいのだろうか。そもそも帰宅部に部室が必要なのかは不明だが、熱心に取り組んで楽しそうなので特に突っ込むことはやめておいた。
尊に対しても、トトが聞いたら怒りそうなコメントではあるが、トトも尊をペケと呼んでいるのでお相子だろう。もっとも、古代エジプトにはその人の本質を表す言葉をアダ名にする習慣があったようなので、トトの場合はその影響なのかもしれない。


「ところで早苗先生、その後ろの…兎とトキ、触っても大丈夫か?」

「えぇ、良い子たちですから噛みませんよ。あ、でもロキさんの因幡の白兎もどきは噛むかもしれません」

「…あぁ……お前ら…ふわふわで…あったかくて…やわかい……かーわいいなぁ…」


兎のウーサーを抱き上げ、右肩にトキを乗せた尊は至極幸せそうに頬ずりをし撫で回し、温もりを確かめるように抱きしめたりして、普段からは考えられないくらいに頬を緩ませていた。ウーサーもトッキーも尊が悪い人(神)でないと分かっているのか、嫌がる素振りは見せずされるがままになっている。


「へぇ〜、たーやんってば動物好きなんだぁ〜☆」

「っ!ばっ!!ちょ、ちげーよ!!俺は別にっ…好きじゃ……っく…」


ロキにからかわれれば慌ててウーサーを地面に下ろそうとするも、どうやらウーサーと離れがたいらしく、両手で抱っこしたまま上げたり下ろしたりを繰り返し始めた。早苗の足元でクスッと嫌な笑い声がしたと思えば、因幡の白兎もどきが口元に手をあてて口の端を持ち上げているではないか。ペットは飼い主に似るというが、この子は造り主に似てしまったのだろうか。
因幡の白兎に笑われたと気づいたらしい尊は、気まずそうにウーサーを地面におろした。


「おいテメェ…その兎もどきどうにかしやがれ!」

「無理♪ そいつは作ったオレとシャナセンセにしか懐かないから」

「いや、そんな風に作らなくても早苗先生ならすぐに懐かれる気がするけどな」


へ?と尊を見やると、動物たちを愛でていたときと同じように優しい顔でこちらを見ていて、早苗は不思議な気持ちにさせられた。


「使い魔とはいえ動物にそれだけ好かれてるんだ、早苗先生が悪い奴なわけがない」


同じ国の生まれだしな、と付け足した尊は照れたように笑うと、率先してドリンクの片付けを手伝ってくれた。ロキも負けじと手を貸してくれ、保健室へ持って帰るときにはトールとハデスも荷物を持ってくれた。
ハデスたちを遠足に呼ぶために早苗を呼び出してみたり、何かと手伝いを求めてくるあたり結衣は不登校組を苦手に感じているようだったが、早苗からしてみれば皆素直で関わりやすい神様ばかりだ。もとより二人で神々を卒業へ導くのが仕事なのだから、今の状態も悪くはないのかもしれないなと思いながら、皆で保健室へと戻り、疲れたと言っている神々を寮へ見送った。





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