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ハデスは午後の授業に現れなかったシャナを探して、校舎の中を歩いていた。授業に出ていないというのにトトは何も言わず、心配した尊の発言すらも無視して授業を進めていた。ということは、なにかしら箱庭運営側の都合での欠席ということだ。
保健室、図書室にはシャナの姿は無かった。残るは学園長室だろうかと校舎1階の廊下に降り立つと、遠くの方に見慣れた姿が見えた。学園長室の前の扉にもたれるようにしている姿に、ハデスは慌てて駆け寄った。


「シャナ!」


名前を呼ぶと、彼女の両肩はビクリと震えた。その様子にそっと肩を抱き寄せると、恐怖に見開かれた目からポタポタと涙が零れる。


「ハデス…ごめんなさい……私、もう一緒に居られない」

「…何があったのか、ゆっくりでいい、聞かせてくれないか」


シャナはボロボロに泣きながら、先ほどゼウスに言われたのだということを語った。ハデスの腕の中で何度もごめんなさいと謝罪を繰り返す小さな体に、ハデスは無力感に苛まれた。
自分を不幸の中から掬いあげてくれた彼女が、消えたくないと思いながら消えてしまう。もちろんハデス自身も辛いが、一緒に居られなくなると謝罪してくるシャナの胸中を思うとこちらまで涙がこぼれそうだった。

彼女がせめて、幸せな気持ちで生まれ変われるように。自分に今何がしてやれるだろう。
ハデスはそっとシャナの唇を塞いだ。ちゅっとわざと小さな音を立てると、シャナの涙は少しだけ引っ込んだ。


「シャナ、俺はお前に出会えたことを後悔していない。」

「でも…もう一緒に居られない!幸せから突き落とされるくらいなら、最初から何も無い方がマシだ」

「俺にとって、この箱庭に居る間お前と共に居た時間は、確かに幸福だった。この胸の内に大切にしまい込み、これからずっと、お前を思うことが出来る。シャナ。俺を幸せにしてくれてありがとう。」

「でも…でも!!」

「お前が生まれ変わるというのなら、新たに人間界に生まれたお前を、俺は冥府から守り続けよう。シャナが俺を忘れても、俺はシャナを忘れない。それだけで、俺は十二分に幸せだ。だからお前も…」


ふわっと、シャナの体が光り始めた。神化した時とは違う光り方に、ハデスは眼の奥が熱くなり、涙が出てきそうになる。


「お前も幸せになってくれ。俺が守るから、支えるから…幸せになってくれ。」

「ハデス…私もきっと忘れない。私を理解し、愛してくれた男性が居たことを。」


目に一杯の涙を溜めて、両頬に涙を伝わせて、強がって笑うシャナはとても綺麗だった。少しだけ腕の力を強めると、ハデスの腕の中で光がはじけた。
精霊のような光が浮かび、そして霧散していく。彼女は一体どこの国に生まれ変わったのだろうか。出来れば死後、ギリシャ神話の冥府に続くような国に生まれてくれたら。そうでなくとも、ハデスがすぐに見つけられる場所に生まれてくれますように。
ハデスは消えていった暖かな光を忘れないよう、そっと目を閉じた。
今すぐにでもシャナを探しに行きたい。彼女の居るその場所が、どんな場所でも。






−−−−神話を変えることは出来ないけど
       −−−−もう一度紡ぐ、ことは出来るから。










宿命END 終。







2014/09/02 今昔
ふと、最終話を書いていて、ヒロインこれ成仏するんじゃね?と思い立ったので宿命ルートを書いてみました。というよりも、ゲームにおけるハデスさんルートの恋愛ルート帰還ENDに近いかもしれません。
ただし、一度神様になってしまったヒロインが生まれ変われたかどうか、その辺りは皆様のご想像のままに。




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