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ハデスは考える。シャナが教室へ来て本当に良かったのだろうかと。
最初は草薙や他のクラスメイトに頼まれ、同じ冥府を司る者だからと、教室へ来るように説得しに行った。最初の頃は扉の向こうから衣擦れの音が聞こえてくるばかりだったが、ある日何を思ったのかシャナが返事をくれたことがあった。


「私に関わるな」


その冷たいが寂しそうな声は、何故かハデス自身のことを彷彿させ放って置けなかった。1週間経過して草薙が諦めたような顔になって「もういいですよ、次の手を考えましょう」と言い出しても、ハデスはシャナの元へ通うことをやめられなかった。
関われば不幸にしてしまうかもしれないというのに、シャナのことを放って置けない。それは自分と重ねあわせているが故に、自分自身を救いたいという思いの現れなのかもしれない。そうと分かっていても、毎晩のようにハデスの足はシャナの部屋に向かっていた。

シャナが人間を毛嫌いする理由を聞いた翌日、いつもと違うことが起きた。


「ハデス!」


夜、シャナの部屋へ向かっていると背後からシャナの声で呼び止められた。


「なんだ、外へ出ていたのか?夜風は冷えるぞ」


元は神でも今は人間。病にかかることもあるかもしれないと、純粋に彼女のことが心配だった。いくら冥府を司るものでも、人間の体では悪しきものに負けてしまうかもしれない。


「大丈夫だ、問題ない。」

「……教室へは、やはり来れそうにないか」


そう聞くと、彼女はすっと目を伏せてしまった。こんな悲しい顔をさせたいわけではないのに、やはり自分が近づいたから不幸にしてしまう。辛そうな顔をさせてしまう。だからこそハデスはもう会わないと言ってその場を離れた。

心は決めていたはずなのに、翌日教室へ向かうとシャナはバルドルとアポロンに怯えた様子で、ロキの背中に必死に隠れていた。ロキも満更でもない様子で、それが少し腹立たしかった。
虫の居所が悪くなったと感じながら教室へ一歩足を踏み入れると、途端にシャナはこちらに気づいて振り向き、笑顔を見せた。気配でも読めるのだろうか、不思議なこともあったものだと思う。


「私をこれ以上不幸に出来るというのならやってみればいい。私はハデスが近くに居ないほうが居心地が悪くて不幸だぞ?」


その一言がとても嬉しかった。
あぁ、愛しい。
そう思ってしまった。

決して幸せになってはならない冥府の王が、微かな幸せに手を伸ばしそうになってしまった。幸せを求めた心の手は結局なにも掴まずに降ろされたが、それでも所在なさ気にそわそわと、その幸せの在処をずっと気にすることになった。






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2014/08/11 今昔




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