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シャナはハデスと約束した次の日の朝、目が覚めると一番に顔を洗って気合を入れ、それから制服へと着替えた。まるで戦争に行く朝のようだと自分でも笑ってしまうほど、ハデスに誘われて学校へ行くということに緊張していた。
昨夜残しておいた大福を朝食に食べ、口の周りに粉がついたのを綺麗に拭き取ると、はじめて行く学校で何を持っていけばいいのか分からなかったので、ひとまず教科書を全部つめた鞄を持った。意気揚々とドアノブに手をかけたところでふと気づく。


「ハデスがここへ来てくれていたのは、私が学校へ行かなかったからだ」


改めて口に出すと、顔から血の気が引いていった。
そうだ、うっかり学校にでも行こうものなら、ハデスはここへは来てくれなくなるだろう。会えなくなってしまうのはとても辛い。ここへ来てから唯一の楽しみであるそれがなくなってしまっては、今後生活していける気がしない。








【 3:紺碧の恋慕 】







シャナは結局のところ、学校へは向かったが授業をしているという教室へは行くことが出来なかった。学校へ来ているとハデスが知れば、シャナのところへ来てくれなくなると思ったからだ。
アフ・プチが居ないこの場所で、シャナの生まれや住んでいるところの特異性を理解してくれるのはハデスだけで、その彼から見放されてしまうのはとてもじゃないが耐えられない。ハデスと関われないのは嫌で、それでいてまるっきり約束を無かったことにするのも嫌で、シャナはとりあえずと中庭に出てきていた。
昼になる少し前に購買という場所でギリシャ神話のヘルメスから昼食のパンをもらい、それから景色の良い場所を探してランチタイムを楽しんだ。久々に出てきた屋外は思っていたよりも快適ではなく、太陽は眩しいし暑いし冥府へ帰りたくなる。シャナは深くため息をついてしまったが、せっかくの昼食が不味くなってしまうと慌てて笑顔を取り繕った。

そんなことをしているうちに夕暮れ時になってきてしまい、シャナは涼しい風が吹いてきたのを感じながら寮へと戻った。お昼を買った時のビニール袋を購買前のゴミ箱に捨ててから、校舎の外へ出ると両腕を真横に広げて風を感じながら歩く。このくらい涼しくて暗ければ学校へ行くのも頑張れるかもしれないなぁ、などと小さく呟くうちに寮へと戻ってきた。
シャナは自分の部屋へ戻っていく途中で、自分の前方に見慣れた髪型を発見し、小走りに駆け寄った。


「ハデス!」


ハデスは少し驚いたように両肩を震わせてから振り返ると、シャナがそこに居ることを視認してほっと息をついた。


「なんだ、外へ出ていたのか?夜風は冷えるぞ」

「大丈夫だ、問題ない。」

「……教室へは、やはり来れそうにないか」


シャナはそういえば教室へ行っていないんだと思い出し、気まずくなって顔を背けた。
教室へ行きたくない理由はハデスにも話していて、それを聞いた上でなお来てみて欲しいと言ってくれているのだ。放っておいてくれと思わないわけではないが、ハデスがこちらを気づかって言ってくれていることは明白だ。


「すまない、やはり…行きたくない。」

「そうか……。何か理由があるのなら、教えてはもらえないか?」


更に一歩近づいて頭を撫でてくれるハデスに、シャナは思い切って聞いてみる方が早く解決するのではないかと尋ねる決心をした。


「ハデス、私がもし教室へ行くようになっても、今と変わらず話をしてくれるか?私の部屋だとか場所はどこでもいい。昼時だって構わない。話を…してくれるか?」

「……俺はまた、他人に不幸を教えてしまったのか」

「どういう意味だ」


目を伏せるハデスの顔は、悲しみを目一杯に浮かべているのにどこか美しく見えた。


「俺のせいで、孤独になることの不幸を与えてしまった。だからもう俺はお前に関わらない。だから…教室へは来てくれないだろうか」

「え!?ちょっと、ハデス!」


ハデスはそれだけ言うと、恐らく今日も持ってきてくれたのだろうお菓子の袋をシャナに押し付けて踵を返した。
シャナは言われた内容を理解するのに必死で、ハデスを追いかけることも声をかけることも出来ずにただ立ち尽くした。わかっているのは、この袋の重さからして今日は大福であろうということだけだった。




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