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話を終えると、シャナは両目からぶわっと勢い良く涙がこぼれ出るのが分かった。
あの時は痛かったな、という感覚ではない。今も痛いのだ。死ぬ間際まで感じていた心臓を抉られる痛みと、皮膚を引っ張って剥がされる痛み。それが消えないのだ。
シャナは寒いような気がして、自分で自分を抱きしめるように小さくなった。


「だから私は人間が嫌いだ。あんなオゾマシイ生き物と関わりたくなんてない。」

「…お前は、強いのだな」


テーブルの椅子に腰掛けていたハデスは、立ち上がるとシャナの隣へやってきて抱きしめてくれた。シャナのそれよりもよほどがっしりした腕は、どこか安心感を与えてくれる。


「俺が側にいて不幸にしてしまうわけにはいかない。…だが、お前が思うほど、草薙という人間は悪い奴ではない。一度だけでいい。教室へ来てみないか」

「しかしッ!人間は誰もが神にすがりついて生きている!そんな己の欲に塗れることしか出来ぬ生き物と共に居たくはない」

「…では俺のために来てくれ。これ以上、同じ冥府の神が辛い状況にあるのを見ているだけというのは、正直心が痛む。お前が楽園へ行けなかったというのなら、この箱庭で楽園のような生活を送ればいい」


そっと目を伏せたハデスにシャナは心苦しくなるのを感じた。ハデスに、こんな弱い自分に手を差し伸べてくれるような優しい冥府の王に、これ以上悲しい顔をさせるわけにはいかないと思った。出来るならば笑っていてほしい。
アフ・プチに似た雰囲気を持っているせいなのか、シャナはハデスに妙な気がかりを覚えた。


「分かった。…学校へ行く努力はしよう。」


シャナは抱きしめてくれるハデスのぬくもりを嬉しく感じながら、壁にかけっぱなしになっていた制服へと視線を向けた。





ハデスはシャナの部屋から帰る前に外へと出た。今日は星がよく見える。いつもより空にかかる雲が少なく綺麗に空が見えるのは、シャナと会話が出来たからだろうか。雨雲を呼ぶことが出来るという彼女のご加護なのか、それともハデスの気の持ちようなのか。
ともかく空に爛々と輝く星たちは、いつもより明るくハデスを照らしていた。


「難しいものだな。幸せにするということは」


シャナの話を聞き、初対面の時に気づいた彼女の瞳に宿る闇の正体がわかった気がした。冥府に住んでいる悪鬼以上に人間に対する恨みや、後悔、妬み、苦しみが渦巻いたその闇は、おおよそ神一人が背負うには恐ろしく多い量に見えたのだ。
あの闇がもっと大きくなってしまえば、シャナもまたハデスと同じように呪いを受けるだろう。もしかすると自らが呪いを産んでしまい、神ではなくただの悪神へと成り下がってしまうかもしれない。それだけは避けたいと思った。


「守りたいが、近づけない。…不幸だ」


返事を決して返すことのない星々にむかて言うと、ハデスは体を冷やす前にと寮へ戻った。人間の体とは不便なものだ。


星が願いを叶えてくれるというのなら、この箱庭での生活がサナにとって楽園のようなものになるように。ハデスはそう願わずには居られなかった。











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2014/08/08 今昔
大人組、好きです。トト様、ハデス伯父さん、陽さん、ゼウスさん。




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