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中央アメリカ北部。グアテマラ。キチェ族と呼ばれる民族の農家に生まれたシャナは、長女として家の仕事を覚え、必死にけれど誠実に生きていた。トウモロコシやその他少数の穀物を育て、テペウやグクマッツといった神々を崇めながら暮らす、平和な日々だった。

事の発端はシャナが6歳程になった頃だった。
シャナは野犬に襲われた。それだかなら「ああ、可哀想に」で済んだだろうに、あろうことかシャナはそれを撃退してしまったのだ。ただ運良く逃れたわけではなかった。シャナはシャナの意思で天に雨雲を呼び、雷を落としてしまったのだ。
幼いながら、何をどうすれば雨雲を呼べるのか、雷を落とせるのか、水の操り方。それらがしっかりと頭で理解できていた。それを聞きつけた神官たちは、シャナを次の生贄として捧げることを決め、両親に許可をとった。
シャナはそれに逆らうことはしなかった。神のもとへと赴いて人間の願い事を伝えることが生贄の役目であり、生贄となることは栄誉あることだ。生贄に選ばれるということは、神の次に尊い存在になるということ。シャナの両親は有力な生贄を産んだ者として、贅沢の限りを尽くした生活が約束され、シャナは一人で暮らす家を与えられた。


「シャナ様、あなた様は神の元へと赴き人々の願いを伝えるのです。これはとても素晴らしいお努めであり、他の誰にでも真似できるというものではありません。誇りをもって挑むのです」


そう言った神官の顔はまるで天国を見たかのように幸せそうだった。天から雷を呼べるような少女が生贄となれば、人間の暮らしは安泰だと思ったのだろう。

シャナは生贄として捧げられるその日、石造りの寝台に寝かされた。酒を飲んで眠ることもなく、石の刃物を持った神官たちに囲まれてただ恐怖に怯えるしかなかった。たとえ神の元へといけると分かっていても、刃物で心臓をえぐり出される痛みは怖かった。
刃物が皮膚に添えられると、ヒュっと喉が鳴った。生きたまま心臓をえぐり出され、そして死にきれていないうちから生皮を剥がれる。そしてシャナの生皮を使って神官が舞をするのだ。


怖い。

怖い。

痛い。

痛い。

怖い。

死にたくない。

痛い。

痛い。

痛い。

怖い。






さぁ、これでイシュタムに導かれ楽園へと行き、神々に人間の望みを伝えることができる!もう痛い思いをしなくても良いんだ!!

そう思ってシャナが目を開いた時、目の前に広がっていたのは暗闇だった。眠りのような安らぎを覚える闇ではなく、ただ飲み込まれそうな暗闇には恐怖心しか感じない。まして、首を吊った姿だとされる女神イシュタムの姿も見当たらない。


「ここ、どこ…?」


生贄で死んだもの。聖職者。お産で死んだ女性は、ヤシュチェという宇宙樹の木陰にある楽園へと導かれる。そうキチェ族では信じられていたし、シャナも疑うことはなかった。ところが目の前にあるのはそんな楽園とは遠くかけ離れた、深い闇と足元に散らばる小石や骨。


「楽園じゃなくて…ここ……冥府?」

「左様」


闇の中からぬっと湧いて出たようにやってきたのは、顔をボロボロになった布で隠した青年で、瞳は真っ赤に輝いている。青年の背後には悪鬼が大量にいて、彼が従えているようにみえた。


「ここはミトナル。冥府の最深部だ。何故、君のような子供がここに居る?」

「私…生贄として神々の元へと行くはずでした。イシュタム様はどちらへ向かえば、会うことが出来るでしょうか?」

「無理だ。ここから死者を外へ出すことは出来ない。…あぁ君の体、正しく処理がされなかったようだね。神官がサボったのかな?それに君が伝えるべく持ってきた"願い"は長寿だ。僕のところに来るのは正しいんだよ…………………多分。」


愕然とした。
神官が職務を全うしなかったせいでシャナは冥府に来てしまったというのだから当然だ。ましてそのシャナを冥府に落とすことになった張本人は、聖職者であるが故に楽園へと導かれるのだろう。腹がたった。
あんなに痛い思いをして生贄になったというのに。同い年の子たちが経験するようなことを全て犠牲にして生贄になったというのに。

許せない。

人間が許せない。

神に頼むことでしか生きていけない人間が憎い。

恨めしい。


怒りのあまり周囲に雨雲を大量発生させてしまったシャナは、呆れるアフ・プチになだめられながら冥府で暮らすことを決意した。決して生まれ変わったりはしない。ここで落ちてきた人間をあざ笑うのだ。そう決意した。



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