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あ、マズイなー、なんてのんびりとした思考を巡らせながら次にシャナが目を開くと、視界には真っ白な天井が映った。背中にはフワフワしたものがあり、ベッドに寝かされているのだと気づくのに時間はかからなかった。
少し眩しいが頑張って目を開くと、そこには緑髪の見知らぬ青年が居た。無表情の彼はシャナの目が開いたことを確認すると、「目が覚めたようだぞ」と同じ空間に居るらしい誰かに呼びかける。


「シャナってば起きるの遅ォい!」


独特な店舗で話されるそれに、気を失う前まで話していたロキの声だとすぐに分かった。シャナはどうにか起き上がると、体の節々が痛くてたまらないことに気づいた。それを誤魔化すように周囲を見渡すと、5人の男神が居る寝室のような場所に居るらしいことを把握する。
一人はロキ、それから緑髪の青年に、シャナとさほど身長の変わらないであろう青髪の少年、ワインレッドの髪の毛を後ろへ撫で付けた青年と、それからシャナととても近い雰囲気をまとった男性。
真っ赤な瞳に暗い色の髪色をした男性は、静かで穏やかで、それでいて底冷えするような冷たさを宿した目をしていた。怖いと思うようなその評定は、どこかアフ・プチを連想させる。


「えっと…ロキ、これは一体どういうことだろうか。何が起きたんだ?」

「オレたち、ゼウスの雷に打たれた『箱庭反対派』の神々ってワケ」

「流石にゼウスの雷を何度も食らうのはシンドいから、教室に行くだけは行こうかって話をしてたところ。…あーっと、俺はディオニュソス。君は?」

「私はシャナ。マヤ神話の冥府に住む神だ。」


ワインレッドの髪の毛をした神はディオニュソスと言うらしい。彼はシャナの自己紹介を聞くと、ぽんと暗い髪色の男性の肩に手をおいた。


「だってさ、ハデスさん。」

「デスってばもうちょっと友好的に行こうよォ」


ハデスと呼ばれた男性はただ黙礼をこちらへしてきたので、シャナもベッドの上でお辞儀した。他の神々も思い出したように自己紹介をしてくれ、緑髪の神は北欧神話の雷と豊穣の神トール、青髪は日本神話の海の神スサノオだと分かった。
ここに居る男神たちは「人間と愛について学ぶ」というこの箱庭をよく思っておらず、学校を離れてふらついていたところを、ロキやシャナと同じように雷に打たれたらしい。その話を聞いて、シャナはゼウスがなかなかに思い切った性格なのだと驚きを隠せなかった。全知全能の神というからには力よりも理論で攻めてくるイメージがあったからだ。


「さて、それじゃおれたちは教室に行くか…気が乗らねぇけどよ」

「……仕方あるまい。俺たちはここへ学ぶために呼ばれているのだからな」


やけに冷静なトールと、あまり乗り気でないスサノオを筆頭に、彼らは寝室のような部屋を出ていこうとしてしまう。シャナはまだ痛む体で出歩くことはしたくなく、彼らに着いて行くことは出来なくて、ただ背中を見送るつもりで見つめていた。
すると一番最後に出ていこうとしていたハデスがチラと振り返り、靴の音をさせてシャナの元へと戻ってきた。


「お前は、行かないのか?」


耳に心地よい低音に、シャナは安心感を覚えながら答えた。


「まだ少し体が痛む。体調が戻ったら行くかどうか決めようと思う。」

「………そうか。良くなったら、二階の教室に来るといい。」


ハデスはそれだけ言うと部屋を出て行ってしまい、そのあっさりした感じがシャナは好ましく思えた。
しかし結局のところ、シャナはやはり人間が居るとうい教室には行こうとは思えず、その日は寮へ直帰した。次の日の朝も行く気力は湧いてこず、一日をだらだらとベッドの上で過ごした。布団の上でくつろいでいると、時計が16時を告げる。ここでの暮らしが人間風のものになっているらしく、暮らしに不便しない程度には知識を仕入れる必要があった。しかしシャナは元は人間で死後神になった者だ。とくに都合の悪いことはなく過ごすことができそうだ。
しかしながら一番困るのは食事だった。昨日今日と食べていなくても然程お腹は空いていなかったのだが、流石にそろそろ食べないと体に不調をきたしそうだ。かといってどこかへ出て行って食材を確保する気にもなれなかったので、シャナはぐぅと音をたてるお腹を無視して布団へ潜り込んだ。

しばらくして、部屋の扉がコンコンとノックされたのが聞こえた。面倒だと思いつつもシャナは起き上がって覗き窓を見て、そこに居るのがハデスだと分かると、扉を手前に引いた。
ハデスは小さな紙袋を付きだしてきて、シャナが思わず受け取ると口を開いた。


「まだ体調が悪いのかと、気になった。」

「えっと、心配してくれてありがとう。この袋はなんだ?」

「甘味が入っている。食べるといい」

「わざわざすまないな。礼を言う」


すぐに開けるのもどうかと思い、ドアを支えた体勢のままでハデスを見やる。ハデスもまたどんな話をするべきか悩んでいるように、小さく口を開いたり閉じたりしていた。
それが迂闊なことを聞かないようにというような気遣いに感じられて、同じ冥府に住まう者として以上に、なんだか親近感がわいた。


「ハデスさん、他の皆は…その、もう学校へ行っているのか?」

「あぁ、お前以外は教室へは来るようになった。草薙…人間代表の娘もお前が来るのを待っている」


人間代表。
その言葉を言われた途端に、シャナは頭に血が上るのが分かった。あぁ、この神も人間の味方なのかと絶望した。出会って間もないのに、ただ同じ冥府の神であるというだけで親近感を抱いてしまったために、こうしてショックを受けた時の反動が大きくなってしまったのだ。


「そうか」


思ったよりもそっけない声が出た。


「あなたも人間寄りの考えを持っているのだな。箱庭に反対しているのだろうと思っていたから安心していたが、その判断は間違いだったらしい。私は人間が嫌いだ。今後一切学校へ行くつもりはない。もしその人間代表が居ないというのなら考えてやらないこともないがな!」


バタン!
盛大な音をたてて閉まった扉で、シャナははっと我に返った。左手でドアノブに手を伸ばし、右手でハデスに貰った紙袋を握っている。その体勢のまましばし何を言ったか思い出し、頭から血がさーっと引いていくような気がした。
もしかしなくても、とんでもないことをしてしまったと気がついた。








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