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穏やかな気候。飛び交う子鳥達は軽やかな歌声を披露し、色とりどりの花たちは地面に可愛らしいカーペットを敷いている。光源は天空を渡る太陽しかないはずなのに、その草花たちも少しだけ光を放っているようにも見える。
シャナは自分の身にまとっている真っ黒なワンピースを見て、はぁと溜息をついた。

シャナが今まで住んでいたマヤ神話の世界を出てここにやってきたのには、いくつかの理由があった。1つは父親代わりでもある冥府の神アフ・プチの薦めであったこと。それから、本来死後に行くべきであった楽園の様子が気になったからだ。
キチェ族という部族に生まれたシャナは、紆余曲折を経て今は冥府の神として働いている。死者の魂が迷子にならずに冥府や天国へ行けるように道案内する係だ。とくに地獄の方へ落ちる魂は敵前逃亡したがるので、シャナが誘惑してやっている。


「ほんっと、ありえない……」


普段住んでいた冥府とは違い明るすぎるここは目が痛かった。どこを向いても眩しくて、正直居るだけで気疲れしてしまう。こんなところに1年も居なくてはならないのかと思うと、それだけで気が滅入る。
シャナはもう一度盛大なため息をつくと背後に立っている気配に向かって問いかけた。


「どうして私も呼ばれてしまったのでしょう」

「知らん。気になるなら貴様がゼウスに直接聞くのだな」


振り返れば褐色肌に白髪の男性がたっており、肩にかけただけの青いジャケットが風に揺れた。暖かい気候に反してジャケットの男性−−−−トトの声は低く冷たく、そして心地良く感じた。


「貴様はまず寮へ行って着替えてこい。そろそろ人間代表がここへ到着する。」

「は?人間?」

「なんだアフ・プチから聞いていないのか?確かにお前はここへ『仮想の楽園を楽しむため』として呼ばれたが、箱庭本来の目的は『人間を愛せない神々の更生』だ」

「はぁあああああ!?」





【 1:生贄の運命 】





シャナの悲鳴で、周囲にいた小鳥たちが一斉に飛び立った。
シャナは人間が好きではない。むしろ大嫌いだ。色々と理由はあるが、とにかく出来るなら肉体を持った姿で出会いたくないくらいに人間が嫌いだ。魂だけだったり死者だったりすれば仕事で毎日のように見ているので問題ない。それでも肉体のある人間は…考えただけでもオゾマシイ。
シャナは決意を示すために頷くと、先ほとトトに案内された女子寮へは向かわず、授業をサボるべく中庭へと逃げ込んだ。

中庭にたどり着くと大きな木が生えていたので、その根元に腰を降ろす。ここには人間が居るらしい。そしてそいつはこの学校という場所で人間について神々に教える立場にあるらしい。であれば、授業には参加せず自由気ままに生活してけばいいはずだ。シャナがここへ来たのは人間について学ぶためではないのだから、遊び歩いても問題はないはずだ。
シャナは心地よい風と程よく陽の光を遮ってくれる木陰に、目を瞑って体のちからを抜いた。見知らぬ場所というのは好奇心をくすぐられてとても楽しいが、気疲れだってするはずだ。目をつむれば少しだけ睡魔を感じて、やはり見慣れぬ場所に疲れていたのだなと考えた。


「やっぱり神でも人間の体になったら疲労は貯まるのか…」

「ほーんと、嫌んなっちゃうよネ〜☆」

「全くだよ。なんでわざわざ人間の体にならなくちゃならないのか。」


と、思わず返事をしてからシャナは慌てて起き上がった。見知らぬ何者かの声に木の上を見上げると、真っ赤な髪の毛を三つ編みに束ね、制服を身にまとった少年が居た。3つ並んだ泣きぼくろに猫のような目。楽しそうな笑顔に、あコイツと関わるとロクなことねぇな、とシャナは一瞬で悟った。
赤髪の少年はするするっと木の上から降りてくると、その目をすっと細めてシャナを観察した。穴が開きそうな程に見つめてきた少年は、最後にニッコリと笑うと手を差し出してくる。


「オレはロキ。北欧神話の炎の神だよ。アンタは?」

「私はマヤ神話から来たシャナ。死者の魂を冥界へ誘う神。よろしく」

「こっちこそ。…っていうか、マヤ神話なんてマイナーなところからも呼ばれてたんだねぇ♪」


ロキと名乗った赤髪少年は楽しげにシャナの手をとった。
彼を見ていると、確かに燃える炎のような掴みどころの無さと、それから危ない感じ、それでいて暖かい感じがする。シャナはその冥府で慣れ親しんだ危ない感じを嬉しく思いつつ、マヤ神話をマイナーと言われたことにカチンときたことを自覚した。確かに、信仰していた地域はすぐに侵略されてしまったのだそうだ。
シャナの育ての親であるアフ・プチから聞いただけの話ではあるが、ギリシャ神話なんかのように多く広く信仰されたわけではないらしい。マヤ神話を信仰し、そして死んで神になった身としてはあまり実感が沸かないところではあるが、神話の世界も広くなければ、神の数も少ないそうだ。


「マヤ神話は…確かに北欧神話に比べれば小さいだろうな。ましてロキような力のある神からしたら、私なんてちっぽけな存在であろう?」

「まぁ、確かにそうだケド。小さい方が可愛げがあっていいんじゃナイ?シャナ小さくて可愛いよォ〜」


ぱふぱふと頭の上に乗せられた手が、何度もバウンドする。シャナは腹立たしいような気もしたが、兄かなにかが出来たような気分になれたのでされるがままで居ることにした。
ロキは思ったよりも面倒見はいいようで、その後も二人で木の下に座ってお喋りを楽しんだ。人間が嫌いだということ。なんで箱庭なんかに来なくちゃならないのかということ。そしてバルドルやトールという幼馴染についてなど、ロキの話はどれも面白く聞いていて飽きることはなかった。

そんな楽しいお喋りについつい気を抜いてしまっていたのか、シャナがふと空を見上げた時には二人の頭上に大きなカミナリ雲が浮かんでいた。禍々しい灰色のそれは時折ゴロゴロと音をたてていて、いかにも「落ちますよ!」と言っているようだった。


「あっれー、シャナさぁ、あれちょっとヤバくなァい?」

「うむ、マズイだろうな。」


二人がのんきに話していると、どこからともなくゼウスの声が響いてきて、それに対して何かリアクションをする前に、雷が落ちてきた。といっても、目の前が光って眩しさに目を閉じてしまったので、実際に見たわけではなかった。






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