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【名前はまだない 尊「たゆたう うたひめ」】




遠く地平線の方から、白い横線がザーっと音をたててやってくる。その音は心地よいものではあるのだが、植物である私には些か塩気が強すぎる。時折吹いてくる潮風に、体中の水分を抜き取られてしまいそうだ。
もちろん、この日本神話の世界にやってきた頃には、神としての能力を存分に伸ばしていたので、枯れてしまうことはない。
私は海辺の松の木に断りを入れると、一番低いところから2本目の枝に座らせてもらった。


<随分と珍しいお客だな。>

「すまない、私は日本の生まれではない。今は尊…スサノオと共に旅をしている」


どこからともなく声をかけてきた松の木に返事をし、私は海にもう一度目を向けた。
今、尊は海に現れた荒くれ者、大きな海蛇を退治しにいっている。尊の身の丈と比べたら、4人分も5人分もあるような海蛇に、彼は果敢に飛びかかっていった。海が自分の領分であるからという以上に、私やツクヨミたちに被害が出ないようにと思っているらしい。


<スサノオ様の……そうか、粗暴な海の神を鎮めたという異国の神。あなたのことだったのか。噂通り、美しい>

「褒めても何も出ない。私に出来るのはスサノオをここで待つことと、それから願って歌うことだけ」


私はそう言うと枝の上に立ち上がり、すっと塩味の空気を吸い込んだ。海に潜ったきり出てこない尊の無事を祈って、頭に浮かんだ言葉と旋律を紡ぎ出していく。
声は空気の振動になって、海面を揺らす。あまり穏やかでない海の波が、私が歌うほどに穏やかになっていく。海岸沿いに住まう松の木たちも、歌を聞いて体を揺すってくれていた。

私が1つ歌い終わると、海のなかから何やら光るものが浮かび上がってきた。暖かいすべてを包み込む強さを感じるそれに、私はふわりと松の木から飛び降りると全速力で駆け寄った。


「尊!」


海の上を歩いてくる尊に飛びつくと、照れて顔を赤くしながらも背中に腕を回してくれた。


「シャナ、海の上なんて出てきて大丈夫か?枯れないか?」

「問題ない、私はそんなに弱くない。尊と共に旅をするのだから、いつまでも弱いままでは居られまい?」

「そうか…そうだな」


手を繋いで砂浜に戻っていくと、先ほど枝を借りた松の木の下に一人の青年が立っていた。…うん、尊よりも身長が高いのは気のせいではないだろう。
こげ茶色の着物に緑色の髪の毛を潮風に揺らす青年は、私と尊に近寄ってくると小さな漆塗りの箱を差し出してきた。


<この土地にしか住まうことの出来ぬ我々には無用の長物だ。どうか受け取ってはいただけないか>

「お前は…このあたりの赤松の精霊か?いつも悪いな、お前たちが居ないとおれたち神の住む家が海風にやられちまうんだ」

<あぁ、我々のような存在を認めてくださる…やはり、異国の姫とともに在るスサノオ様はお優しい>


少し意地悪く笑って言った松の木の精霊は、箱を私の手に押し付けると木の根元に戻り、そして空気に溶けるように消えてしまった。やはり普通の植物ではそう長い時間、人間や神と同じ姿は保っていられないらしい。植物には植物なりの愛情表現があるから良いのだろうけれど、神相手に恋をしてしまった私はディオニュソスに感謝せねばならない。
尊の隣を歩けることはとても贅沢なことなのだと幸せを噛み締めていると、尊が私の手から箱を取り上げた。装飾はまったくなく、手のひらにぎりぎり収まる大きさ。尊が蓋を持ち上げると、中から貝殻か何かで出来ているらしい指輪が2つ出てきた。


「綺麗だ…」

「シャナ、手出せよ。左手な」

「ん?…わかった」


素直に左手を差し出すと、尊は箱から少し小さい方の指輪を取り出し、私の左薬指にはめた。そして指先を握ったまま真っ赤な顔をし、「おれにも、はめてくれ」と呟く。
私が尊の左薬指に指輪をはめると、尊は嬉しそうに微笑んで私を抱きしめた。


「西洋の文化だけどよ、やっぱりこういうふうに目に見える証って…いいよな」


その言葉に私はようやく気がついた。
そうだ、左手の薬指は婚姻を結んだ男女が同じ指輪を付ける場所。突発的なこととはいえ、尊が私にそういった意思を明確にみせてくれたことは嬉しかった。


「お前のことは…その、これから先もおれが守ってやる。だからこの指輪、絶対にはずすなよ?」

「当たり前だ!私は尊の隣にあり続けると決めた。花(わたし)が散り逝くのは海の中だ」

「あぁ!愛してる、シャナ」


ディオニュソスが産み落としてくれた私という花、ロキがつけてくれた名前。そして今日も私を守ってくれる尊。多くの神々からの助力を得て私はここに居る。尊と共に各地を周りながら、少しでも周りに幸せを分けるように恩返しをしていこう。
私はそっと唇に触れた尊とぬくもりを感じながら、どこまでも彼と共に在ることを誓った。







【 たゆたう うたひめ 】







2014/07/16 今昔
丁度先月の16日にロキ分をUPしたのですが、その頃は1万打とか言ってました。今はもうちょっとで7万打…一ヶ月でこんなにアクセス数伸びるとは…ランキングの力って凄いですね(感涙




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