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それから少し月人と兎の話で盛り上がっていると、どこからか白い馬がやってきてアポロンに体当たりをかました。突然のことでポカンと見ていると、その馬には角が生えており、どうやら一角獣のようだ。早苗はこれはまずいと柵を乗り越えるべくジリジリと後退した。


「ど、どうしましょう!アポロンさん、大丈夫ですか!?」

「いたたた…どうしてだろう、どうして妖精さんには襲い掛からないんだい?」

「ユニコーン…一角獣は処女にのみ心を許す生き物です。」


月人はアポロンたちに解説しながら自分はユニコーンへと近づき、そして攻撃されないことが分かるとそっと首のあたりを撫でてやっている。男は駄目だということを言ったわりに、月人は問題がないようだ。同じくバルドルも近づかなければ特に攻撃される様子はなく、早苗はいつユニコーンと目が合うかとビクつきながら一歩後退した。
すると動いたことで余計に意識を向けさせてしまったのか、ユニコーンはばっちりとこちらを向いた。ユニコーンは処女には心を開く。つまりいくら女性であっても処女でなければ男性と同じ扱いをうけるのだ。


「ご、めんなさい…その、私だって一応女性なわけで、同じ女性に優劣をつけるようなことは…宜しくないと思うのですがっ……」

「…矢坂早苗、君はもしや非処

「言わないで!誰もがみんな好きで失うわけじゃないの!!」


途端、ユニコーンが頭を下げ角を前方に向けると、こちらにゆっくりと前進しはじめた。やはり神聖な生き物は匂いやらなにやらで分かってしまうのだろうか。流石に成人済み社会人の女性ともなれば、処女である確率もかなり低いのではないだろうか。現代日本であれば中高生ですらユニコーンに襲われる子はそれなりに居るだろう。
柵を登っていきたいが、背中を向けた途端角でざっくりやられそうな雰囲気に、早苗はただソレ以上下がれない場所で足踏みをするしかなかった。


「早苗先生、結衣さんの側にいれば安全なんじゃないかな」

「万が一草薙さんにも怪我をさせたら自分を恨みます!無理です!」


バルドルの提案に半泣きにちかい状態で叫び返すと、今度こそユニコーンが駆け出し始めた。まさか自分の死に場所が神様の作った箱庭になろうとは…そう思いぎゅっと目をつむった。自分から処女を奪った人間を恨まずには居られない、死んだら化けて出てやる。
すると、ふわりと胃が下に行くような浮遊感と共に地面から足が離れ、あぁ体から魂が離れたのかと早苗は覚悟を決めた。


「矢坂早苗、大丈夫ですか」

「え?」


間近で聞こえた月人の声に顔をあげると、そういえば暖かいものが側にあるなということにも気付き、それから周囲の様子から空に浮いていることにも気づいた。


「問題がなければ柵の外に降ります。」


言って月人は早苗の背中とおしりの下に腕を回して抱き上げたまま、すっと地上へと降り立った。神様飛べるのか、と妙に納得しながら月人を見上げると、彼は変わらない無表情でユニコーンを見つめていた。


「本来、この世界に来た神々には枷によって能力が制限されます。ですから、飛ぶことも出来ないと思っていたのですが…どうやら何か非常事態が発生したようです」

「ありがとうございます、助けていただいて…」

「いえ、問題ありません。俺は生徒であり教師のあなたに教えを請う必要がありますから」


やはり理論だてた言葉しか行ってこないが、どんな理由であれ月人が人間を助けたことには大きな意味があるような気がして、早苗は出来るだけ優しい笑顔を月人に見せた。少しだけ口元を緩めてくれた月人に、彼は案外すぐに卒業資格が得られるのではないかと安心した。







第2話、終。




2014/05/30 今昔




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