「ねえ、絶対にあんたの歌声は評価されるよ。だから俺のためにも歌ってよね」


だなんて、そんな発言を真に受けたわけではないけれど。


「断じて違うけれど!!!!」


夜子は自分が出演したMVをパソコンで再生しながら、ネット通販で届いたダンボールをあけていた。
流石にお小遣いにも限界があるので購入したのは指向性のないマイクとポップガードだけだ。ステミキも購入したので準備は万端。KRISTALをインストールして、初期設定をして。登録してあった動画投稿サイトの自コミュニティで「歌っってみた投稿します」のお知らせを書き込みする。


「最初はやっぱり、あれかなあ…」


話題になる曲の方が良いよね、と英智に相談したところ、


「夜子の声はきれいだから、中学生というイメージからは想像できないバラードとか良いのかもね。もしくはネットで流行っている曲だったり、難易度の高い曲だったり。夜子ならできるでしょう?」


と、庭の薔薇をすべて青いペンキで塗りつぶしたやんちゃっぷりとはかけ離れた、優等生の微笑みを浮かべて答えてくれた。
次の踊ってみたの楽曲もまた「○○ナイト」シリーズにしようと思っていたので、ちょうどよい。相対的で難易度が高い滑舌曲でバラードチックなものを選ぼう。


「カンタレラにしよっと…」





夜。
おおよそ中学生頃の少年が起きているには、暗いし危ないし健康にもよくない時間。月明かりと最弱で点灯しているライトでは室内は薄暗く、部屋の隅々に影が落ちている。
その暗がりは日本人ならば隙間女やら何やら人ならざるものが潜んでいるのでは、と想像してしまう、適度な暗がりである。

朔間零はそんな薄暗がりの中、自室のパソコンでネットサーフィンを楽しんでいた。とはいえ、文明の機器にはさほど親しみがないので、かろうじて弟を見様見真似で覚えた掲示板という場所を見るくらいである。
最近学校では同級生が人気アイドルのMVに出演していたと話題になっていて、なんとなくその内容を検索していたのだ。



■211人目のななしさん
話題のMV、メイキングがつべにあがったな

■212人目のななしさん
全員小中学生とか美しすぎるだろ…世の中どうなってんだよ
ロリに目覚めちまうじゃないか

■215人目のななしさん
>>212
わかる。女の子可愛いよな

■216人目のななしさん
ぶすだろ

■218人目のななしさん
女の嫉妬( ゚ω^ )ゝ 乙であります!

■220人目のななしさん
>>215
そんなおまいのために
smiledouga.uso/user/queen-night


■221人目のななしさん
>>220
!!!!!!!

■222人目のななしさん
>>220
(゚∀゚)神のヨカーン

■223人目のななしさん
>>220
は〜そりゃMVのダンスも上手いはずだな
この子中1で踊ってみたデビューして、あっちのスレじゃ結構人気な子じゃん
一部のロリオヤジたちには天使とか呼ばれてんな

■225人目のななしさん
>>223
天使なのか女王なのかどっちかにせえよ




「ふうん、クイーンねえ」


零は本当に本人なのか確認したい気持ちも先立ち、なんとなく動画サイトのURLをクリックした。投稿動画一覧を見ると初投稿が「中学生デビュー」の年齢であり、自分と同級生であるとわかる。

何気なく、最近の踊ってみた動画を再生してみた。
【春から中3】Just a game【踊ってみた】byクイーン

ジャズ調の曲にあわせて同世代にしてはキレッキレに踊る少女が居た。化粧と髪型と衣装が違うのでわかりにくいが、フルスクリーンで見て確信する。彼女は同級生の青梅夜子だ。


「へえ、うまいじゃん」


結局その動画を最後まで見て、最新の投稿へ移動した。
【春から中3】カンタレラ【歌ってみた】byクイーン

今度はもともとの曲についているムービーに自分の声とoffvocal音源をミックスしたものをあわせたらしく、本人の顔は映っていない。


『♪〜見つめ合う その視線 閉じた世界の中』


歌い出しを聞いて、背筋がぞわりと粟だった。
決して不快なものではなく、まるで自分の不貞がバレたような焦りに、零は椅子から半分腰をあげた。


「おいおい、この歌…」


小さい頃、夕暮れの公園で一緒になった少女。確か、あの子の名前も夜子だ。
あの少女は質の良さそうなネイビーのワンピースにベージュの大判ストールを羽織っていて、どこか人間離れした美しさを持っていた。零も同じように天才だなんだと幼い頃から持て囃されていたし、実際同い年の子供と遊んでも楽しくないこともあった。


「あら、はじめましてかしら」

「そうだな」

「わたしは青梅夜子です。よろしくお願いいたします。」


公園のベンチで本を読んでいた少女に近寄ると、こちらをちらりと見てそう言った。大人びた仕草で本を閉じると、夜子は自分の隣をぽんぽんとして座るように促した。


「同い年くらいね」

「6歳」

「やっぱり!同い年ね!お名前を聞いても良い?」

「零。朔間零」


素直に座ってそう答えると、夜子は一瞬驚いた顔をしたけれど、にっこり笑って手を差し出してくれた。


「零くんね。わたしのことも夜子って呼んでほしいわ」

「うん。夜子の髪の毛は綺麗だな」



あの時より少し低くなった声と、随分と伸びた身長に、それから髪の毛。
今までどうして気づかなかったのか、思い出せなかったのか。自分で自分に腹がたった。けれど。


「また会えたじゃねえか。」





2020/04/13 今昔





_