夜子が参加した朱桜のお茶会は、本当にお茶会と呼べる程度の規模であった。それぞれの子息息女がピアノを披露するという、ほがらかなものであったし、何より招待されていたのは司の母が特に親しくしている者ばかりだったので、夜子も想像していたよりは安心して演奏することができた。

そしてお茶会が過ぎ去ったことに安心していた夏休みの終わり。


「只今戻りましたの」


夕飯の手伝いをしようと自室から階段を降りてくると、妙に疲れた様子の朝子が帰宅した。どことなく埃っぽい。


「おかえりなさい、朝子。ずいぶん疲れているようだけど…」

「お散歩をしていたら宇宙人に出会ったのです…」

「宇宙人…?アブダクションされたの?」

「そうなのです…もう、お嫁に行けないのではないかというほど、いろいろと付き合わされましたの…」


そうは言うものの、聞いたことのない曲を口ずさみながらご機嫌そうに洗面所へ向かう朝子を不思議に思いながらも、夜子はキッチンへ向かった。夕飯を作る母親と並んで手伝い、父の帰宅に合わせて夕飯が始められるように支度を整えていく。
ピンポーン
間延びした音に、お手伝い用のエプロンをつけたままで、「はーい」と夜子は玄関へと小走りに向かった。こんな時間にやってくるのは宅配なのか、はたまた夕飯を食いっぱぐれないように助けを求めに来る敬人か、どちらかだ。
ドアを開くと案の定、困った顔の敬人が立っていた。


「夜子…突然、すまない」


明らかに、お夕ご飯を食べさせてほしい。というだけの顔ではない。夜子が幼馴染でなくなって気づくだろうその顔色の悪さに、ただならぬことがあったのだろうと察せられた。けれど歯切れの悪い、後ろめたそうな雰囲気に、夜子は極力いつもどおりに微笑んだ。


「敬人なら大丈夫よ。あがって、お夕ご飯食べるでしょう?」


お邪魔しますと、小さく消え入りそうにつぶやいた敬人は洗面所へ手を洗いに向かった。キッチンで手伝いをしながら待っていると、先程より幾分いつもどおりになった敬人と、それにじゃれつく朝子が戻ってきた。

いつものように全員で夕食を摂り、今までに見たことのないような様子を見せている敬人を連れて、夜子は早々に自室へ引き上げた。なんとなくぼんやりしていたり、返答が曖昧だったり。まったくもって彼らしくない。

普段なら夜はカフェインを控えてカモミールティなどを用意するのだけれど、あまりにも様子がおかしいので彼に合わせて緑茶を淹れてみた。本当に美味しい緑茶は案外適当に淹れても美味しい。


「で、何かあったの?」

「弓道の大会で、少し…いやかなり変なやつに出会ってな。思わず殴りそうになった。」

「一切皆苦。敬人らしくないわね、殴りたいと思うまではわかるけど、殴りそうになるとまで言うなんて」

「あれは!…いや、俺の精神が乱れていたのか?しかし競技中も中っていたから、俺が乱されたというよりも、彼奴が乱れていたというべきか…」

「あー、なんて言うのかしら。今の敬人みたいなの。五蘊盛苦(ごうんじょうく)?」


お釈迦様の教えに則って言えば、敬人はうっと息をつまらせた。次男とはいえ両親からよくよく教育されているのであろうことが察せられた。


「なんにせよ、敬人をそこまでイライラさせるなんてすごい子ね。」

「すごい?あいつは天性の才能を持って生まれた奇人だ。」

「具体的には?成績上位ってことかしら」

「まず歌っていた」


以前敬人の応援に行ったこともあるので弓道場の様子は知っている。あの大会の様子でなにかを口ずさむことができるとは、たしかに何かしらの意味で大物だろう。


「その歌のクオリティが高い。こちらが説教をしてやろうという気力をそがれるほどだ、腹立たしいことにな。思い返したら落ち込むよりも腹が立ってきた。」

「今までは調子を乱されて落ち込んでたのね」


その程度のことで乱されるとは。
なんて自分に厳しい意見が脳内にあったのだろうことが想像できて、微笑ましくなってしまった。彼はどこまでもまっすぐだ。


「じゃあ、リフレッシュのためにも今夜は泊まったらどうかしら?一緒に寝ましょう」

「……恥じらいはどこへ捨てた。」

「あら、真っ赤ね。可愛い」

「男に可愛いなどと!」


夜子が、両親から蓮巳家へ連絡を入れるよう頼みに行くと、何かしらの違和感を持っていたらしい両親も快諾してくれた。
耳まで赤いを体現している敬人を無理やり布団へひっぱりこんで、小さい頃の朝子にしたように撫でながら寝かしつけた。








2020/04/13 今昔
加筆修正⇒移転





_