夜子はひとり、自室のパソコンで動画投稿サイトの一覧を見ていた。
はじめての動画を投稿してから早一ヶ月半。一作目は自力でという妙な意地で、英智のアドバイスを受けずに投稿してみたものの、動画の伸び率は微妙だった。少しでも中学生らしくと思ってみた結果、ツインテールだとかこだわってみたつもりだったけれど、思った程には再生数が伸びないのだ。もちろん、ある程度SNSなどを活用したために、埋もれている、というほどではない。

けれど、やはり、英智の助言の大きさを思い知らされてしまって、夜子は二作目の動画、

【新中学生】はっぴー・ないとふぃーばー【踊ってみた】byくいーん

クリックして再生画面を開くと、そこでは架空の制服を着たポニーテールの少女が踊ってみる。目元も化粧でキリリと溌剌とした雰囲気にして、振り付けが映えるようにそして前回とかぶらないようにポニーテールに変える。
「せっかく現役女子中学生を売りにするなら、制服は必須かな。もちろん私服も可愛いけれど」なんて病室で咳き込みながら言った英智を思い出し、夜子は更にため息をついた。


「英智のマネジメント能力が羨ましい……」


いかに、英智がアイドルというものを愛しているのかがわかり、そわそわしてしまうのだ。
いかに、自分が英智を頼ってしまうか未来が見えて、悔しくもなってしまうのだ。

いつの日か、体が弱い英智に変わって表舞台へ立つことができたら、彼は喜んでくれるだろうか?病室で彼が言ったように、妹と二人のユニットとして活動していくのも良いだろう。


「姉さまー!敬人さんが来たから夕飯になりますのー!」


階下から朝子の声を追うように「叫ぶな、じゃじゃ馬」という声が届く。どうやら本当に敬人が来ているらしい。
帰宅してから部屋着だったシャツの上に薄手のパーカーを羽織ると、夜子は一階のリビングへ移動した。


天祥院の家ほどではないが、青梅の家もそこそこの大きさがある。本家筋は朱桜という超有名一族であるし、自宅の大きさも一般家庭に比べれば大きいだろう。同級生の中には自室がなく、兄弟姉妹と共用だという子も多いなかで、夜子は朝子と別室だ。
朱桜のようにお手伝いさんがいるようなことはないが、かなり恵まれた環境に居ると、自覚している。名に恥じぬようにと、幼少期から習い事をさせてもれているし、ピアノやお琴、伝統舞踊など芸能を中心にお嫁に行っても困らないようにしてくれている。

だからこそ、時代にあわせた場所で、現代に流行している芸能で、輝きたい。


「夜子!朝子を止めろ!この…眼鏡にさわるな!」

「良いじゃありませんの〜敬人さん♪どのくらいの視力なのか、眼鏡をお借りすれば一発でわかりますのよ?」

「ええい、お転婆娘!そこに直れ!やはり朝子は夜子と違って面倒だ!」


リビングで逃げ惑う敬人と、それを追いかけてデレデレと楽しげに笑う朝子を見て、夜子は先程とは違うため息をついた。


「朝子、敬人を困らせないで。もうすぐ写経しに行くんだから、何で自分からハードルあげてるのよ…」

「姉さま、違いますの!わたしは敬人さんと仲良くなりたいだけで!」


朱桜家の影響が大きく出ている朝子は、口調が少し堅苦しい。学校は普通の共学に通っていることもあり、浮いてしまいがちな朝子が本音で気軽に接することができるのが敬人なのだろう。それは予想ができる。

できるのだが、眉間のシワが倍増し眼光が鋭くほぼほぼキレている敬人を宥めるのは、いつだって夜子なのだ。それをわかって欲しい。


「わかったから…お夕ご飯になるのでしょう?ホコリをたてるのは朱桜の名に恥じるのではなくて?」

「っ!!」


慌てて自分の席に座る朝子に、ちょうど帰宅した父と料理を持ってきた母がにこやかに笑っている。それを見た敬人もまた、致し方ないというようにため息をついて指定席へ腰をおろした。

テーブルの短辺にそれぞれ両親が座り、長辺の片側に朝子、その反対に夜子と敬人。その配置が、敬人が青梅家で食事をするときの指定席だ。

今日学校であったことを楽しげに話す朝子と、それを笑顔で聞きながら適切なタイミングで合いの手や問いかけを入れる母。父は敬人となにやら話していて、時折夜子もそちらへまざる。
まるで本当の家族のようだと思う。元気なら英智が来ることもあったけれど、最近ではそれもなかなか叶わない。


「そうだ、夜子。動画は俺も見たぞ」

「あら、ありがとう。どうだった?」

「衣装は英智の差し金か?スカートが短い」

「わかってるなら私に怒らないでね」


敬人の振りに夜子はにやりと微笑んだ。


「次の曲も練習してるの。目標は一ヶ月に一回の投稿よ」

「そのペースも英智の指示なのか?」

「いいえ、これは私のこだわりよ。色々試してみたいことがあるから」




檀家さんとの付き合いで帰宅が遅くなるという蓮巳家からの連絡で、敬人はそのまま泊まっていくことになった。
朝子が敬人と一緒に寝るのだと憤慨していたが、お風呂に入ったら疲れたのか結局一人で自室へ戻っていった。もちろん、敬人用に客室が用意されたので、朝子が一緒に寝るなんてことはありえない。


「ありえない、んだけどなぁ…」

「たまには良いだろ?」


夜子のベッドの下に正座し、こんなときばかり年下という立場を最大限に利用して、上目遣いに見上げてくる敬人。と、それをベッドの上から困ったように見下ろす夜子。


「これって夜這いよ?」


一人で寝ようとしていたが結局一緒に寝たくなったらしい敬人が、夜子の部屋へと夜這いをかけてきたのだった。小学校でだって男女別に着替える年齢のはずだし、お硬い敬人が何故このような行動に出たのかまったくもって理解はできない。


「なんとでも言え」

「分かったから…おいで」


結局諦めてベッドの半分くらいを空けて、掛け布団を持ち上げる。敬人は少し嬉しそうに頬を緩めて夜子の布団へと潜り込んできた。そのまま、小さい頃のようにくっついて、眼鏡をベッドサイドへ置くと、勝手に電気を消す。

それを咎めることもないので、勝手に握られるまま、手をつないで目をとじた。









敬人からすれば、蓮巳家の檀家である青梅家の長女でひとつ年上の幼馴染。それが青梅夜子だ。物心ついたころから一緒に居るので姉のようでもあるが、英智や敬人を頼りにしてくれる、少し抜けたところもあるひとりの女の子だ。
朝子のようにぺったりと懐いてくっついてくれるのも、頼られているようで嬉しいけれど、夜子のように彼女がやりたいことについて相談してくれるのが嬉しい。自分たちが、英智と自分が守らなければと思える存在だ。

次女であり、いつかどこかへお嫁に出るだろう朝子は、夜子以上に様々な習い事に勤しんでいる。それはゴールデンエイジと呼ばれる世代までに習わせておきたい彼女たちの両親の意向だろう。
その分、夜子は多少自由な時間はあるが、学校の勉強や男女関係について口うるさく注意をうけている。


(つまり、そう易々と他人に取られる心配はない)


対する敬人の立場は次男であり、家にまつわる柵(しがらみ)もない。
極力そばで支え続け、守り続けることが己の使命であり運命なのだ。


そんなことを考えながら、鼻孔をくすぐる夜子の匂いを満喫できる夜をすごした。







2020/04/08 今昔




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