妹はまだ小学五年生になったばかりで、この春先に似つかわしくない、くたびれてきたランドセルを背負い道を歩く。その少し前を真新しいパリっとした制服とカバンで歩く。姉と呼ばれ早幾年。幼馴染が褒めてくれたという理由だけで伸ばし始めた髪の毛を、シンプルなゴムでまとめている少女。彼女は姉であると同時に中学生という肩書を得た。


普通の子どもにとって、ガラリと生活環境の変わる進学という行事はとても大きなものだ。けれど彼女、夜子にとってはそれ以上に意味があるものだ。

中学にあがる頃には趣味も見つかるだろう。好きにやりなさい。
などという父親の言葉には、部活やら習い事やらが含まれていた。というのは、成人してから母に聞いた。
中学生になるお祝いを、と言った父と叔父にねだったのはビデオカメラとパソコン。そしてインターネット環境。習い事の道具などを想定していたらしい父親らを見事欺き、夜子は快適な活動環境を手に入れたのだ。

近年有名になってきた動画投稿サイトへも登録は済んでいて、あとは録画、編集、投稿の工程をこなすのみである。

夜子は中学生になると同時を狙い、踊ってみたユーザーというジャンルに手を出したのだ。





「へえ、それは面白いね。ダンス動画を投稿するのかい?」

「そうなの。他人からコメントがもらえるなんて楽しそうだもの」

「投稿前に僕にも見せてよ。コメントしてあげる」


病院の一室で、夜子はぴかぴかのビデオカメラを手にお見舞いをしていた。ついでに録画もまわしてみたりする。見目麗しい入院患者、幼馴染でもある天祥院英智は贔屓目を考慮しても、大変画面映えする。

英智はベッド横に腰掛けていた夜子からカメラをひょいと取り上げると、録画をまわしたままレンズを向けてくる。


「夜子は可愛いからすぐにファンがつくんじゃないかな?」

「どうだろ。そんなに甘くないんじゃないの、ネットもさ」


夜子が安易な意見に眉を寄せると、英智は録画を停止してテーブルへ置いた。他人のものだからか、やけに慎重に置き、枕元のアイドル雑誌は対象的に気楽に持ち上げる。
英智は昔から、やたらと夜子に甘い。病弱な上に、ひとつだけとはいえ年下な彼を甘やかしすぎたのかもしれない。


「だったら、キャラクター性をもたせよう。目鼻立ちがはっきりしてるから、それを活かして…そうだな、この雑誌に……」


英智が開いたページは、ドールのようなメイクをした、所謂ヴィジュアル系バンドのページだった。


「夜子はクイーン、朝子はプリンセスをテーマに売り出したら良いと思うよ」

「……まだ朝子がネットに出るまでに時間あるけどね。」

「売れてきた頃に、実は妹がいましたーと売り出すのさ。テコ入れ…とは違うけれど、話題を呼びやすいだろう?あとから他人とコンビを組むよりも、妹も中学生になってデビューしましたとなるほうが君のファンも受け入れやすい」


年下とは思えない考え方に、英智がいかにアイドルという存在を愛しているかを感じる。もちろん、夜子がやろうとしていることはあくまでもアマチュアの趣味の範囲ではあるけれど、英智がしっかりと考えてくれるのが嬉しかった。

思えば、こんな大財閥の御曹司と幼馴染だなんて、なんとも不思議な縁である。
薄く開いた窓から入ってくる風に英智の髪の毛が揺れ、透けるようなその色に「彼は御曹司なのではなくて、もしや天使かなにかなのでは」などと思ってしまう。


「僕の顔になにかついてるかい?」

「…なにその典型的な指摘」

「だってあんまり夜子が真剣に僕の顔を見るから。嬉しくって」

「冗談言わないの。じゃ、私は収録場所の下見しながら帰るつもりだから、そろそろ行くね」

「うん。今日もありがとう。気をつけて帰ってね。本当なら送りたいんだけれど…」


まさか入院しているような体調不良者にそんなことをさせるわけにはいかないので、英智をどうにか宥めると夜子は病院をあとにした。


春先とはいえ、学校が終わってからお見舞いをしたので、流石に肌寒い気温になっている。スマホを操作してお気に入りの楽曲−−−はじめての動画投稿に借りようとしている音源を流し、イヤホンをつける。流れ出すテクノ系ポップに体重すらも軽くなったように感じられた。

夜子の計画は壮大だ。ネットで有名になることが最終目標ではない。
そこからテレビへ、芸能界へと飛び込んでいきたい。

それを達成するにはただ踊れる中学生になるだけでは物足りない。
踊って、歌って、なんなら自分で振り付けも曲も作れるようにならなくては。
そして言うのだ。英智が元気になれるようなアイドルになったよ、と。










2020/04/03 今昔




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