※長編設定、お姉ちゃんの方
※もしもfineのみなさんが吸血鬼だったら


プロデュースがあったとは言えども、こんなに帰宅が遅くなることは稀である。
DDDでTrickStarの四人が革命を成し遂げ、プロデュース科に所属する三人の女子生徒は今や引っ張りだこ。夜子が自分の楽曲を録音して活動するための時間を捻出するには、ユニットのマネジメントをした後に夜ふかしするしかなかった。

夜子と朝子の二人暮らしである以上、どちらかが遅くなれば何かあった時のために、先に帰宅したほうはなかなか眠れない。両親が眠り続けている現状で、更にお互いに何かトラブルが発生してしまえば、今度こそ一人きりになってしまうという焦りがあるからだ。

夜子は自分が使っていたレコーディングルームをマスターキーで施錠すると、よっこいせと荷物を背負い直した。リュックの中でがさごそと荷物の音がするのにまじり、「はあ」という辛そうなため息が聞こえた気がした。


「どなた?」


振り返るけれど、そこには暗い廊下が続くだけ。巡回の警備の人もちょうど居ない時間なのだろう。遠くから足音が聞こえる、なんてこともない。
問いかけに返事はなく、もしかしたら今までレコーディングしていた曲に、気持ちが引きづられたせいで聞き間違いでもしたのだろうか。

誰も居ないか。そう、もう一度前を向いた。


「やあ」


闇に溶けそうな金色の髪に、やけに煌々と輝いている水色の瞳。


「随分と遅いんだね。あまり無理をしてはいけないよ、夜子」

「英智…あなたこそ、そのどうしたの……こんな時間に。」


見慣れた、制服姿の幼馴染。天祥院英智に、夜子は焦った。
月明かりの薄暗い中で見る彼が異様に神々しいからではない。


「ちょっとね、『食事』をしてきたんだ」


口の周りについた、赤黒いもの。アイドル科の男性生徒の中では非力な方であろう彼の右腕には、見慣れた制服が握られていて。もちろん、その制服にはきちんと『中身』が入っている。
夜子はその制服の詳細を確認しようとしてしまった視線を、どうにか英智の顔へと戻した。すると英智もまた夜子の言いたいことが分かったようで、にっこり微笑んでいる。


「やっぱり男は美味しくないね。まして成績下位のぷー太郎くんだし。」

「つまり、処罰のようなもの…なのかしら」

「僕らの『食事』は調達が難しいからね。最初はたしか、朔間…くんがやりはじめた手法だったはずだよ」


明らかに、英智が引きずっている制服は、生きているとは言えない。
夜子は訳がわからないなりに、彼にそれを指摘してはいけないと、ポケットからハンカチを取り出した。英智の口元へ、そっと、拒絶されなさそうな速度でハンカチを寄せる。


「邪魔をしてしまったのなら、ごめんなさい…。ハンカチ、使って」

「ありがとう。お行儀の悪いところを見せてしまったね。…幻滅したかい?」

「いいえ。その…ナイフや、フォークを使う食事ではないのでしょう?ある程度は致し方ないような気がするわ」


私、何を言っているんだろう。
大人しく拭かれてくれた英智は、しまおうとしたハンカチを夜子の手ごとぎゅっと握って止めた。


「夜子」


ぐちょり。明らかに湿度を持った音をたてて、英智が持っていた制服が床へ落ちる。思わず目で追って後悔した。アイドル科三年B組の、名前だけは把握している男子生徒だ。
英智の両手が夜子の頬を包んで、強制的に視線が交わる。


「夜子、好きだよ。僕たちは確かに跡取り同士で交じわらない道を歩んでいるのかもしれない」


ニイっと口角が持ち上がり、想定していた通りの、鋭い、牙が見える。
自分の喉がひゅっと鳴るのを、他人事のように感じた。


「でも僕はね、夜子が手に入るのなら『巫』の名前を消すことも厭わない。」

「……朝子に自由恋愛の選択肢が無くなるのは困るわ」

「『巫』は吸血鬼に魅入られ、血を交えた。朔間家の血ではなくて、僕が…夜子と血を交えたい。『巫』の血はとても美味しいそうだから」

「それで、失踪事件が多いのね」

「もう起こさないよ。『巫』は天祥院が、いや、僕が守るからね」


英智の腕がそのまま首へ、背中へと周り、腰をぎゅっと抱き寄せられる。


「満月の夜に、出会うから悪いんだよ、夜子」


小さい頃を思い出させる悪戯な笑みを浮かべて、英智の舌が寄ってくる。頬を舐め、首筋をなぞる。丹念に舐めているのは、血管を探しているのだろうか。夜子は自分にそれを考える余裕があることに驚きながら、英智の背中に手を回した。
びくりと、彼が驚いたことが伝わってくる。

目の前で男性生徒が死んでいることも、英智の牙も、舐められている現状も。全て事実なのだから。
英智に媚びを売るほうが正しいと思ってのことなのか。はたまた、今までもこれからもひた隠しにしていくと、お互いに認識していたはずの初恋のせいなのか。自分でもよくわからないままに、夜子は今度こそしっかりと英智の背に腕を回す。


「僕から離れていかないで。夜子、君に言いたくないことも、知られたくないこともたくさんしてきた僕だけれど。それでもどうか、君のために一等星のように輝くアイドルで居続けるから。だから…愛していて」


ずきり。ああ、噛みつかれたのだなと。鋭い痛みに顔をしかめる。肩こりだから血も出にくいのではないだろうか、なんてことが頭をよぎる。

英智にはこちらの思考は一切伝わらないのは当たり前で、大切に、丁寧に、アイスを食べる子供のように、牙をたてた場所からちゅう、ちゅう、と音を立てている。








2020/05/02 今昔
英智くんの声の吸血鬼といえば…




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