高校生になったからか、はたまた進学先が夢ノ咲だったからか。本契約ではないけれど、という但し書きつきで『Rhythm Link』から夜子のもとへ仕事の依頼がやってきた。両親という後ろ盾が無い今、夜子はこっそりと英智の許可を得たうえで仕事を引き受けることにした。

ドラマの挿入歌を姉妹で歌い、さらにはMVまで作ってくれるという高待遇に、裏がないかと疑わないわけではないけれど、駆け出し状態の二人にとっては願ってもない大役であることに変わりはない。ドラマのサブヒロインが失恋するシーンで流れる曲ということで、作中にもエキストラとして参加予定だ。
「姉妹ユニット、『黒白Sweets(モノクロスイーツ)』として売り出すには絶好のチャンスだね。下調べも済ませたから、思い切り頑張っておいで」とは英智の言葉である。


学校の都合で今日は夜子だけが映る部分だけMV撮影が行われる。
一組のカップルと、その男性の方を好きになってしまい罪悪感がありながらも別れられない。そんな女性二人の歌で、夜子は正妻側となる。MVには現役アイドルである男性が出演してくれることになり、幾年か前に夜子もまたMV出演の手伝いをしたなと、少しだけ懐かしい気持ちになった。


「あれ、嬢ちゃんがクイーンちゃん?」


撮影場所に設置された車で着替えて外へと出ると、長身で赤髪の青年が立っていた。色っぽい面立ちに、夜子はアイドル系の深夜番組で見覚えがあった。そういえば、資料に書いてあった名前と一致する。


「はじめまして、『黒白Sweets』のクイーンです。夜子と、お呼びいただいても問題ありませんわ。今回は宜しくお願いいたします、天城さん」

「オレっちのこと知ってるって、なかなかの通だよなあ。んじゃま、改めてよろしく、夜子チャン。天城燐音っす。燐音くんって呼んでも良いぜ」

「ありがとうございます、燐音さん」

「おお、噂通りの硬さ!」


少し年上なだけだろうけれど、うんと身長差があるように感じる燐音に差し出された手は、とんでもなく大きく感じられた。幼馴染である敬人や英智よりも大きそうだ。なによりも、こちらを年下として扱ってくれる男性の存在は新鮮だった。
燐音が履いている細身のストレートパンツはベージュで、上は少しだぼっとしたデザインのパーカーだった。カラーリングが白黒なのは夜子たちのユニット名を意識して用意されたのだろう。


「で、夜子チャンは台詞頭に入ってる感じ?」

「ええ、問題ありませんわ」

「んじゃ、一通り練習付き合ってよ。カメラさんたちまだ準備中だから」

「ぜひお願いします」




歌詞の内容にそった、ちょっとしたドラマは、MVの合間と限定版で見ることが出来る。
休日、帰宅するために駅を通りかかった夜子は、夕暮れの賑わいの中で自分の恋人である燐音と、楽しげに腕を絡める朝子。


「やっぱり…仕事じゃないんじゃない」


最近の微妙な距離のとり方から、何かあるはずと気づいていた。手をつないで笑い合っている恋人と、知らない女の子。ああ、笑顔が可愛いななんて思ってしまう自分が嫌になる。
ここに居る私に気づくことなく二人は遠ざかってしまい、「待って」とも「行かないで」とも声を大きくあげることはできない。

今夜から必要になる二人分の食材が入った重たいビニール袋。仕事の荷物と一緒になると、精神的にも重たく感じられるようだった。


「冬場は冷えるからシチューとか良いな」


なんて。夏頃から言っていた彼のために一晩かけてシチューを作る。隠し味は野菜を茹でるときに入れるお味噌。市販のルーでもまろやかにつくるコツだ。
おたまでかき混ぜるほどに、楽しげに笑う二人の顔が浮かんで、浮かんで、消えてくれない。

重たい両肩がびくりと持ち上がったのは、ドアが開く音と「ただいま」の声のせいだった。


「おかえりなさい」

「ただいま〜、つっかれたあ…」


シチューの火を止めて駆け寄れば、燐音もまた仕事かばんを持ったままで抱きついてくる。この腕はあの子を抱きしめた腕だ。
浮気していると分かっていても、見ないふりをしてそばに居る。どうして燐音から離れられないのだろう。自分でも意味がわからない。


「今夜シチューにしたけど、ご飯とパンならどっちが良い?」

「ん〜、決めてよ。オレその間にシャワーあびてくる」





前髪をぺろっとめくり、ちゅっと音をたてて唇が寄せられる。
演技ではなく頬が染まり、思わず口元を指先で覆ってしまった。


「はいカット!」


監督さんの声で、撮影スタジオの画角から消えていた燐音が戻ってくる。してやったりという笑顔に、夜子は両手を握りしめて駆け寄った。


「ちょっと!!燐音さん!!」


慣れない仕事であっぷあっぷしている夜子に、しれっと台本にはないアドリブをぶつけて来た燐音に、軽く腕をなぐる。ぽかぽかと夜子が怒る様子にスタッフからも、燐音からも笑い声があがる。


「悪ぃ悪ぃ!そんなオデコくらいで怒るなよ」

「お、怒りますわよ!年頃の淑女になんてことっ!」

「淑女が他人をポカスカ叩くなっての」


ははっと笑い飛ばされてしまうと、なんだかこちらもツッコミを入れる気力がおきなくなり、夜子は「もう」とため息をついて両手をおろした。
監督からもすぐにオッケーが出たため、燐音とはさよならになる。また朝子と三人での撮影がある別日に会うことになっているけれど、普段関わらないタイプの男性に気疲れするだろうなと思うと気が重かった。







2020/05/17 今昔
この話のみ移転というよりほぼ新作になります




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