愛しい愛しい俺の夜子。
兄者のパソコンをちょっと調べたら分かったよ。ダンスも上手なんだねえ。良いことだよ。だって巫だもん。歌も踊りもできて、人間たちに人気だけどちょっと距離がある。そうそう、夜子が今やっているようなネットアイドルと同じだよ。
だからやっぱり、夜子は巫なんだねえ。

俺が吸血鬼だから、もしかしたら怪人の末裔や神様なんかもいるかも知れないけど…兄者以外に人ならざる匂いを感じたことはないから大丈夫。これから先もずうっと、俺のものだからねえ。
俺はまーくんにお世話してもらって、俺とまーくんを夜子がお世話するの。幸せだね。







夜子はがばっとベッドの上に飛び起きた。
夢の中の出来事にしては、触れられた手の感触も妙にリアルで、ぎらぎらと表現したほうがあっているような、きらきらの瞳が焼き付いて離れない。

これで何度目だろうか。
零とのセッションを凛月が聞いていた日から数ヶ月。凛月が登場する夢は夜毎長くなっていく。お祓いでもしてもらうべきかと一瞬思って、けれど相手が凛月なのでそれも違うよなと頭を振る。
これがもっと悪夢の類だと胸を張って言えれば、敬人や、両親と縁のあった神社やなにかに相談することもできるのだろうけれど。


朝子と二人暮らしになってしまった家は、夜になるとより一層静まり返っている。


「あれ、姉さま。どうしたのです?」


やけに明るいキッチンへ向かうと、朝子が冷蔵庫から牛乳を取り出しているところだった。そもそも両親が稼いでいてくれたので暮らしには困らなかったが、そろそろ切り詰めて生活したほうが良いのかもしれない。日持ちしない牛乳なんて二人暮らしでは消費が追いつかないことも出てくるだろう。

と、そんなことを考えていると、朝子は黙って二人分のマグカップを取り出すと、電子レンジであたためはじめた。


「眠れない時にはホットミルク。はちみつ入りと教わりましたの」


無言で居ると、朝子はレンジからマグカップを取り出し、取っ手が夜子へ向くように差し出してくる。ありがとうと受け取れば、ほどよく温まったミルクに手のひらからじんわりと熱が伝わってくる。


「姉さま、そういえば『聖天使るかたんのお兄ちゃんP』さんから新曲いただいたのですよね。今回はどんな曲なのです?」

「次は失恋…というか、切ない恋というか。」

「バラードですの?今まではポップというか…ロックというか…和ジャズ?とか微妙なラインを行っていた姉さまには珍しいですの」

「一応、オリジナル以外では歌ったこともあって、それの評判が良かったのよ。英智も『夜子はオールジャンルおばけだね』なんて言ってくれたから、挑戦してみようかなって思うの」


ふふっと頬を緩ませた朝子がマグカップ越しにこちらを見上げた。


「姉さまはやっぱり歌って踊るべきなのです。わたしは、姉さまのファンなので。これから先、何があっても姉さまと共に頑張りますし、姉さまと一緒に父様と母様を目覚めさせるために頑張りますの」

「そうね。頼りにしてるわ、相棒」


近づいてくる合唱コンクールのせいで、話題にのぼりがちな自分の名前も、朝子に呼ばれると安心するのだから、とても不思議だった。












「おや…」


彼は夜空を見上げて戸惑った。


「ぼくには 『そら』のことは わかりません…でも、きっと あなたは 『こんわく』しているのでしょうね」


唯一他人の目を気にせずすむ自室から、空を見上げて星を眺める。くらい海を覗き込むのとはまた違ったきらめきがそこにはあって、どうしてか昔会ったことがあるような、その人のことを思い出させられる。


「あなたが『めざめた』から、でしょうか。きっと ほかにも いろんな『もの』が でてきそうですね」


長い水色の髪の毛が月光を受けてきらめくそれは、神々しく美しい。


「はやく あいたい ですね。 『夜子』さん」







2020/04/29 今昔




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