夜子はこの春、三年生に進級した。
ようやく朝子も入学してくるということで、『聖天使るかたんのお兄ちゃんP』に提供された楽曲で歌って踊ってみたという初の試みを投稿した。英智のプロデュース通り、妹が居たということ、更に朝子は『ぷりんせす』として可愛らしさ重視でいったこともあり、動画の伸びはかなり良い。
素人の女の子がどこまでやれるかと思いながらもはじめたこの計画は、英智のプロデュース能力と、夜子や朝子の努力でなりたっている。と、敬人にも言われた。

そして夜子にはもうひとつ、やり遂げたことがあった。零に頼まれていた二人で演奏するための曲。
それから朝子の提案で作った、両親の結婚記念日を祝う曲。
そのふたつだった。


「せっかくなら、お友達も呼んで一緒にお祝いしたいのです。」

「でも…私達の誕生日ならまだしも、両親の結婚記念日を友達にも祝ってもらうってどうなのかしら…」

「なら、我が家で音楽祭をするのです!そうしたら、みんな来てくださるでしょう?」


結婚記念日まであと二週間。二人は両親へのプレゼント方法に悩んでいた。


「もし開催することになったら、僕は喜んでお邪魔するよ」


二人の相談場所は天祥院家、英智の自室であった。
姉妹の相談を受けることは英智にとって非日常、というか、頼られていると実感できる良い機会であるらしい。嫌な顔ひとつせず、二人の意見に耳を傾けてくれる。最も彼の嫌な顔なんてそうそう見られるものではないだけれど。


「僕は楽器は二人ほど得意ではないから、敬人にお願いするほうが良いかもね。」

「それだと楽器のレパートリーが三味線になるのです…姉さまがお琴、わたくしが…えっと、何をやりましょう。第二お琴?」

「第二ヴァイオリンみたいに言わなくても…」


英智は朝子の頭をぽんぽんと撫でると、紅茶をひとくち飲んで続けた。


「僕たちもお祝いとなれば駆けつけるけれど、やっぱり実の子供である二人でお祝いするのが良いんじゃないかな。せっかくご両親の記念日なんだから、気兼ねなく、リラックスしてもらうのが良いと思うよ」

「私もそれに賛成。朝子もそれで良い?英智や敬人には楽曲を聴いてもらって感想をもらいましょう」

「うう、分かりましたの。」




夜子と朝子による「両親の結婚記念日を祝う会」は、結婚記念日の前日に行われることになった。これは敬人の両親が教えてくれたことだ。ちょうど記念日が土曜日になるので、前日に家族でお祝いし、当日は二人でゆっくりさせてあげたら良い。その助言に基づいたスケジューリングだ。

当日までに飾り付けに必要なものを作り、「家族のお祝いのためしばらく浮上できません」と呟き、二人で協力して料理も考える。どうしても準備の過程で両親へお祝いすることを告げるため、サプライズにはならない。

けれど両親は当日の夕方、楽しそうに祝う会を迎えてくれた。


帰宅した父親たちとまずは乾杯をする。両親はワインを、二人はジュースを。


「お父様、お母様、おめでとうございます!」

「私と朝子からのプレゼントとして、お料理を作ったの。」

「わたくしは、こちらのサラダとパスティ、あとはデザートを作りましたの!姉さまは筑前煮と照焼チキンなのです!」


食事が楽しく始まり、ある程度手が進んだところで、朝子がリビングに置いてあるキーボードの電源を入れる。夜子は譜面台を立てて、ギターを持ってくる。


「わたくしたちから、お父様とお母様へ、お祝いのお歌なのです!曲はわたくしたちで作りましたの!」


二人の、生演奏がはじまる。










英智は夜子と朝子の「両親の記念日を祝いたい」という気持ちを羨ましく思った。この地域では天祥院は桁が違うとはいえ、財閥として数えられるうちのひとつ、青梅。それでありながら、彼女たちの育った環境は限りなく一般家庭に近い。
恐らくは青梅の血を引いている二人の母親が、幼少期に苦労したためだと考えられる。妬まれ、青梅の名前を狙われ。そうしてそれを守るように寄り添ったのが二人の父親だ。

英智にとっての祖父母や両親は目の上のたんこぶに近い存在だが、二人にとっては大切な家族である。だからこそ、無理を言って夜子たちの家に夕飯を馳走になりに行ったりして、普通の両親というものを堪能していた。その辺りはきっと夜子たちの両親も承知していて、そして甘えさせてくれていた。
だから、そんな第二どころかむしろ第一の両親とも呼べそうな二人の結婚記念日は、英智としても祝いたい気持ちがあった。

そろそろ彼女たちは自前の歌を披露できただろうか。そんなことを考えていると、携帯がけたたましくなった。着信は夜子からで、多少の「どうしたのだろう」という気持ちはありつつ、英智も気兼ねなく応答すると


『英智!!』

「っ!耳が壊れちゃうよ。あんまり驚かすと僕の心臓が止まっちゃう。って、この声は敬人だね?」

『それは済まない。いや、しかし悠長なことを言っている場合ではない!』


敬人の必死な声に英智もさすがに黙ると、電話越しに朝子の泣き声が聞こえてくる。


『夜子たちの両親が倒れた。』

「えっ?」

『救急車はもう呼んだ。朱桜の連絡先は分からんから、英智にと思ってな。本来であれば彼女らの親族たる朱桜に連絡を入れるべきとは思ったのだが…』


すぐさま椅子から立ち上がり、スピーカーにして執事を動かす。両親が倒れた?こんな日に?一体何故?夜子や朝子は無事なのか?敬人に連絡が行っているくらいだから無事なのだろうけれど。


「分かった。朱桜には我が家から連絡しよう。敬人はそのまま救急隊員に天祥院配下の病院へ行くよう伝えてもらえるかい?」

『わかった。救急車が来たようだから一旦切るぞ』

「待って、つないだままで良いよ」

『ああ。』


電話の向こうで救急隊員が夜子たちの両親に呼びかけているのが聞こえる。今受け入れ出来る病院を確認させ、敬人へ伝え、英智も一足先に向かうことにする。


「敬人、夜子たちは無事?」

『ああ、酷く憔悴しているし焦っているが…外傷は見受けられんな』

「そう。経緯は聞けそうかな?」

『分からん。…っと、おい!夜子!あまりくっつくな。…え?……大丈夫だ、俺はどこにも行かん』


敬人の名前を呼んで泣いている夜子の声を拾い、緊急事態だというのに少しばかりムッとしてしまう自分を押し殺す。ぐすぐすと泣きながらも、敬人にしがみついて何かを話しているらしい。最後に夜子の「どうしよう!」という悲鳴と、ずっと続く朝子らしき泣き声だけが聞き取れた。


『英智、まずいことになったやもしれん。』

「ごめん、夜子の声は聞き取れなかったんだけど、巫関係かい?」

『ああ。これには俺も深く関われん。病院についたら英智に頼むことになるだろう。』

「分かった。きちんと施錠して、携帯も忘れず、三人で病院へ向かってほしい」

『承知した』


合唱コンクールの時には、ただただ、圧倒的なカリスマ性を持った歌唱だった。けれど今日のこれは。


「巫の血、か。やっぱり実在しているのかな。今まで夜子をプロデュースしてきて、全く気配は…いや、それを感じ取れなかった僕の落ち度だ。これではなんのために父や祖父より先に夜子と接触したのかわからなくなってしまう。」


夜子たちの両親が運び込まれた病院で検査が行われている間、英智と敬人はひたすらに二人に寄り添うことになった。彼女たちは何かを恐れているように、頑なに声を出さなかった。





2020/04/21 今昔




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