「それでは、今話題になっている動画を御覧いただきましょう!」


年末の特別バラエティ番組で司会者がキューを出すと、映像が切り替わる。
お化粧でキリっとした雰囲気になり、くいーんのハンネに恥じない艷やかな表情で踊る夜子が映し出される。楽曲は『聖天使るかたんのお兄ちゃんP』が提供してくれたもので、歌っているのも自分だ。
合唱コンクールの結果を見た両親が買ってくれた携帯が鳴り、相手の名前が「天祥院英智」であることを確認すると、夜子は画面を見たままで応答した。


『やあ夜子、随分話題になっているね』

「英智、私この映像を使うにあたってのOKを出しても良かったのか、今でも悩むんだけど…」

『僕のことを疑うだなんて、珍しいね』


心底驚いた、というふうに言ってみせる英智に、夜子はふうっと息をついた。


「で、どうしたの?私のことからかうために電話してきたわけじゃないでしょう?」

『うん。『Rhythm Link』にはどう返事をしたのかなと、確認しようと思ってね。まさかとは思うけれど、了承してしまった?』


今度こそ、夜子は大きくため息をついた。
合唱コンクールでの様子を見ていた朱桜関係のご婦人が『Rhythm Link』に夜子のことを話し、そこから両親へ話がやってきた。両親も芸能界には顔が利く出版系の企業に所属していることもあり、『Rhythm Link』の出方は下手ではあった。
けれど老舗の大きな芸能事務所に娘がスカウトされたとあって、両親は諸手を挙げて喜んだ。


「私じゃなくて両親が了承したわ。本契約はまだだけれど…」

『夜子、君はアイドルとしてやっていくつもりがあるのかな。甘い世界でないことは重々承知しているとは思うけれど、今まで僕についてきてくれていたような、子供の遊びで済む範囲から出てしまう。』

「分かってるわ。事務所の芸能人が多くてあまり全面に出なくても良さそうだし、今はまだ下積みとして経験を重ねたいって伝えてあるから。ネットでの活動も炎上しないようにって言われて了承を得たわ」

『分かった。夜子の意見を尊重するよ。ただ、僕からもひとつ、お願いを聞いてもらえるかな?』

「英智のお願いに拒否権が付随してたこと、あったかしら?」


通話越しにあははと軽やかな笑いが飛んでくる。


『夜子が本気で嫌がることは、そもそもお願いしないよ。僕だって夜子の大ファンであり、夜子のことを一番理解しているプロデューサーだと自負しているからね』

「分かったわ、プロデューサー。お願いって何?」

『天祥院財閥が出資している学校のなかに、『夢ノ咲学院』があるのは知ってる?』


勿論、と答えるほかない。
アイドル科は事実上男子校になってしまっているので、声楽科か音楽科に入りたいと思っているくらいだ。地元を大きく離れれば他にもアイドル育成に特化したような学校はあるけれど、それは両親にも負担になってしまう。何より、妹と一緒にネットで活動したいという思惑が通らなくなってしまう。


「ええ。一応、今の進路希望調査には『声楽科』を第一希望で出してるわ」

『実は数年後に『プロデュース』に特化した学科を設立予定なんだ。それに向けたテストケースとして、夜子に入学してほしいなと思ってね』

「え、それこそ事務所が絡むのではなくって…?」

『『Rhythm Link』側には天祥院財閥から交渉をするよ。それくらい、僕はプロデューサーなんだからやっても良いよね』

「おまかせします、英智プロデューサー」

『いいね、その響き。今度敬人にもそう呼んでもらうかなぁ』


お姉さま〜と玄関から声が響き、それを聞き取ったらしい英智は「朝子ちゃんにも宜しくね」と言って通話を切ってしまった。
最近だれかと会っているのか、「朱桜の一族たるもの貞淑であれ」と目指していたはずの朝子は少々お転婆だ。敬人に対してだけ出ていたそのお転婆さは、姉である夜子にも向けられるようになってきた。


「おかえりなさい」

「ただいま戻りましたの!」


帰宅した朝子はどこへ行っていたのか、少々ほこりっぽい。トートバッグを肩にかけたままでシンクで手を洗い、その時間さえもどかしいのか、夜子が座っていたソファへ乗り上げてくる。
トートバッグの中を漁り、朝子は紙の束をテーブルに、ぼんと置いた。


ぼん

ぼん

ぼん

ぼん


全部で五冊の紙束を、ひとつ、手にとって見てみる。
タイトルの部分も歌詞もついていないが、全てがスコアであるようだった。ぺらぺらとめくると、女性ツインボーカルの楽曲で、曲調の違うものが5作品ある。


「朝子、これは?」

「わたくしのお友達と一緒に作曲したのです!あとは詩を書けば好きに使ってくれって言ってましたの。」

「えっと…五曲も?」


作った試作品はこれの数倍あるのです!と胸をはった朝子に、夜子はぎょっとした。
確かに今までの習い事は、夜子に負けてはならぬと思っていたのか、朝子のほうがたくさんやっている。やりこみ具合もかなりのもので、ピアノからエレクトーンに手を出した今は自分でも曲が作れるおうになっていることだろう。
だからといって、友達、とやらの才能は恐ろしい。小学六年生の子供二人でこれだけの楽曲を作ったというのだから、それはもう天賦の才だ。


「えっと、朝子と二人でのネットデビューで使わせてもらうとして、クレジットはどう入れたら良いのかしら?」

「ああ、それもちゃんと聞いてきたのです!」


朝子が五曲目のスコアをぺらぺらとめくり、最後のページをばばんと開いてみせた。


「彼の名義は『聖天使るかたんのお兄ちゃんP』だそうですの!」











2020/04/21 今昔




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