「は〜〜コタツって日本が世界に誇るべき文化だよな」
「朔間さん、あまりこっちに足を伸ばすな、狭い」
「硬いこと言うなよ坊主」
「敬人〜ミカン剥いて〜」
「貴様もか!幼馴染どもめ…」
夕飯とお風呂を済ませ、三人は敬人の自室で年末の特番を見ながらコタツに足を入れている。根本からポカポカと暖かくなるこのコタツというものは、本当に罪深い。
何故なら、このように年上の幼馴染たちがだらしなく幸せそうな顔で、自分にべったりと甘えてくるからだ。と、敬人は脳内に持論を展開した。
頼られるのは嫌ではない。それどころか、普段溜め込みがちな夜子などは少しくらい頼れと思う。ミカンを剥く以外のことでだ。
「ところで夜子、お前最近いんたぁねっとに動画投稿してるんだって?」
「そうなの。ダンスと…あと歌もちょっとだけ。中学生になったら朝子…妹もデビューする予定よ」
「楽しみだな。昔も思ったけどお前、声綺麗だし歌上手いから」
「褒めても何も出ません」
敬人は話に割り込むように剥いたミカンを夜子の前へ置いた。途端にきらきらした目でこちらに「ありがとう」を告げると一粒ずつ食べ始める。
「それにしても、蓮巳家は初詣も忙しいのか?」
「ああ…まあこの規模の寺としては平均的じゃないか?この辺りの者は神社にも行くが寺にも来るからな」
「確かにテレビとかで見る初詣って神社だけど、私も毎年ここに来てるなあ」
「なんだ、夜子も毎年来てたのか?どこかですれ違ってるかもしれねえな」
嬉しそうに頬を緩める零に、この短時間で「ああ、はいはい」といったようなあしらいを覚えている夜子を見て、敬人は少しだけ安心した。どちらも大切な幼馴染であるとはいえども、幼少からずっと思いを寄せている相手が他の男と仲良くするのはハラハラする。
しかしこの二人、クラシック音楽の話題で盛り上がっていたかと思えば、テレビで流れたロックバンドに話題が移り、そのままアイドルの話題になり、特番の宣伝で流れたギリシャ神話の話題になり、そのまま日本の寺社仏閣の話になり。どれだけ共通の話題があるのか、その引き出しを数えたくはないほどだ。
二人とも同世代の中ではかなり気が利くし大人っぽいので、敬人も話題に置いていかれることは一切ない。ないのだが、会話を回しているのはあちらの二人だ。
「朔間さんは毎年年越しの時に来るだろう。夜子は朝になってからだから、そうそう出会っていないだろう」
「なんだよ坊主、ヤキモチか?俺と夜子が仲良しだからって」
「変な冗談やめてくださる?」
もう…とため息をついてみせた夜子に免じて、年越しまで初詣に関するうんちくでも語りつくそうかと思ったが、やめておくことにする。
「年越しまであと20分ね」
「年が変わるから何だって気もするけどな」
「あら、皆一斉に歳を取るし、運気の変わり目よ。お財布を買い替えたりするにも良いらしいわ。あとタイマー設置してあった私の新作動画があがるの」
「それは重要だな。…朔間さんはあまりネットの類は得意じゃなかったか」
敬人が零を見やれば、少し悔しそうな表情を出しながらもこちらを見据えて「否」と答えてくる。
「一応凛月に教わって夜子の動画は全部ちゃんと見てんぞ」
「あら、ありがとう。」
「幼馴染がアイドルのMVに出たって教えてきたからな、気になって調べただけだ」
しくじったことに気づいた。
些細な話題。多少自慢したい気持ちがあったかもしれないが、零と夜子の再会を促してしまったのは他でもない自分であったらしい。
悔しいのでもうひとつミカンを剥いて夜子の前へ置いた。
「で、次は何を投稿するんだ?」
「実は、とあるボカロPから楽曲提供するからニコニコインディーズにデビューしないかって声かけてもらってね。」
「ああ、最初に歌を投稿した直後に『偉そうなコメントが来た』とか騒いでいた輩か」
「そうそう。敬人が弓道の大会で惜敗して悔しくて私に助けを求めてきた頃のことよ」
「それは忘れてくれ」
「へえ、坊主も泣くのか」
人間だれだって泣くことくらいあるだろう!と怒鳴りつけたい気持ちを抑えて、夜子に目線を向けた。それで続きを促されていると分かったようで、夜子は携帯を操作して画面を見せてきた。
「『聖天使ルカたんのお兄ちゃんP』?ものすごい名前だな…」
「そんなセンスのないやつと一緒にやって大丈夫か…?」
「二人とも心配性ねえ!!…あ、ふたりとも!除夜の鐘が終わるわ!!」
つけっぱなしだったテレビから、鐘の音が鳴り響いている。時計を確認してもあと1分ほどで年をこす。
小声でカウントをしながら、夜子がコタツから脱出した。敬人も彼女が何をしようとしているのか、毎年のことなので察してコタツを出ると、零も何をするのか分かったようで同じようにコタツから足を出す。
夜子はさすがご令嬢といった洗練された所作で正座をし、
「3…2…1…」
カウントの後ににっこりと笑顔を浮かべた。
「「新年のお喜びを申し上げます」」
「夜子も坊主も堅苦し過ぎだろ……まあ、明けましておめでとう、二人とも」
それぞれが指をついて丁寧なお辞儀をする。零も年齢にそぐわない丁寧さに苦笑いしながらも付き合ってくれた。
三人はそれぞれに笑い合うと、言葉に出さずともまたコタツに足を入れた。まだ小中学生なのだ。遅くまで起きている口実があるこの日に、しかも仲の良い幼馴染たちと共に居るのだから、寝てしまうのはもったいない。
「『Navigatoria』っていう曲なんだけどね…聞いてみる?」
「ああ、俺も気になる」
「俺様のお眼鏡にかなうかな〜」
「そういう意地悪言う人には聞かせません!」
そう言いつつも携帯ではなくウォークマンから流された音源は、独特な、所謂「民族っぽい」曲調で、中低音はいつもの夜子の声なのに、高音域はまるで別人のような清廉な歌声が響く。声質の幅が広すぎて、一瞬本当に一人で歌っている曲なのか心配になった。
そして何より、同じくらい、音域が広い。男女差があるとはいえ、これを敬人が歌えるかと聞かれれば無理だ。
零のほうが音楽には馴染みがあるだろうと顔を見れば、敬人と同じかそれ以上に目を見開いてウォークマンに釘付けになっていた。
「夜子…これ、すげえな」
「ありがとう。私ももっと普通にポップスが来るかと思ったんだけど、その人に『インスピレーションが止まらないから全部突っ込んだ!』って言われてね…こうなったの」
ちなみにもう二曲目以降も送られてきててね…とウォークマンの画面を見せられる。仮歌と隅付き括弧で書かれた音源を再生させれば、ボーカロイドが歌っている状態の音源が流れる。
「夜子は…巫女っぽいな」
「えっ…突然お寺にお泊りしてて巫女さんってどうしたの?シスターならまだしも」
「夢ノ咲にあるおとぎ話、知ってるか?」
「おい」
それは、きっと。まだ夜子に伝えるべきではないことだ。
敬人も幼い頃から両親に聞かされていたもの。所詮作り話だろうと言いながらも繰り返し聞かせる親に、今でも違和感を抱いている。
「昔、神様とそれに仕える巫女が居た。その巫女は歌がうまくて、吸血鬼や怪人や良くないものを魅了してしまう。だから守り人に守られながら、幸せに歌う。」
「ふふっ…じゃあ敬人や零が守り人ね。」
ウォークマンで幸せそうに口元を隠して、蕩けるような笑顔を浮かべて、夜子は続けた。
「大事な幼馴染だもの。これからもずっと守ってね」
敬人と零がお互いを見やれば、どちらもほんのり頬が赤くて、それが眠さからくるのかコタツのせいなのかわからずに目線をそらした。
「いくらでも守ってやるからさ、俺もいつか夜子が作った曲を一緒にやりたい」
「分かった。頑張る」
意気投合する二人に対して、少しずるいと感じる気持ちには、そっと蓋をした。
2020/04/14 今昔
Pの名前は諸説ありますが兄妹説を信じて、あんガルから。
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