年末。
敬人から「もし良かったら年末にうちへ来ないか?母さんが馴染みの呉服店から、挨拶だとかで振り袖を頂いたらしいんだが…我が家では持て余すのでな」という、年末から泊りがけで来い。という遠回しなお誘いを頂いた。
夜子もそれを断る理由はひとつもないので、両親に許可を得ると、31日の夕方に蓮巳家へと足を踏み入れた。
「夜子、来たか」
「久しぶり、敬人。誘ってくれてありがとう」
出迎えてくれた敬人に手をとられ、お寺の脇を通って居住空間側へと足を向ける。小さい頃はよくお寺の敷地内で遊んだような気がするのだけれど、最近はめっきり来ていない。最も流石に小学校の中学年くらいから体育の着替えだって男女別になる。幼馴染とはいえ、男女で遊ぶこともそうそう無くなるのはしょうがない。
そうは分かっていても、夜子は懐かしさと感動でどうしようもなく足が軽くなった。
「懐かしいわね、よく私の家へは来てもらっているけれど、敬人のお家にくるのは久々」
「この年令になって男女の幼馴染が集まるのも、なかなか珍しいだろう」
「そうね、でも私は敬人と一緒に年越しするの楽しみだったわ」
「っ…そ、そうか。元旦は早朝から働かされるだろうが…」
「それも楽しみなのよ。敬人やご両親のお手伝いができるわけでしょう?あいさつ回りがあるから三が日を過ぎたら私も出歩かなくてはいけないから」
挨拶代わりという意味で、本家たる朱桜の家には司と仲が良い朝子が出向くことになっている。元旦からよその家へあがるのはどうかと思ったが、そこは同じ朱桜という家族なのだから年越しを共に、ということらしい。
敬人の両親と兄に挨拶をしてから、夕飯を作り始めるにはまだ時間があるとのことだったので、泊めてもらう部屋へ荷物を置かせてもらった。そのまま客間にあったポットと茶器で緑茶を淹れる。
「ああ、ひとつ伝え忘れていたことがあるのだが…」
「どうしたの?」
「実はもうひとり来客があってだな」
敬人がひとくちお茶に手をつけたタイミングで、すっと襖が開いた。不躾であると言いたい気持ちを抑えそちらを見やれば、黒髪に赤い瞳の少年が立っている。同世代だろうか。
「よお、夜子。久しぶりだな」
「俺から見ても幼馴染だし、夜子のことも知っていると言っていたのでな」
「えっと…?」
見覚えは、ある。確かにその見た目に何かがひっかかる。
少年はそっと口を開いた。
「覚えてねえか?零。朔間零だ。」
夜子は七歳の七五三でお参りを終えて、そのまま知り合いの家をあいさつ回りしていた。朝子も五歳なので被布を着せてもらい、あいさつ回りに同行していたはずだが、疲れ切って眠っていたように記憶している。
夜子と両親だけが地元でも大きな家に挨拶をしていて、朱桜、天祥院、蓮巳と周り、深海家、氷鷹家、そして最後に来たのが西洋風の邸宅だった。
「朔間さんの上のお子さんは同い年だから、仲良くするんだよ」
「はい、お父様」
モダンな日本髪のアレンジを鏡で見てテンションをあげると、両親に促されて車から降りる。今日ばかりは朱桜の家から大きめの車と運転手を借り受けている。
「青梅さん、お久しぶりです」
「ご無沙汰しております」
降り立った瞬間、母親同士がきゃっきゃと仲よさげに話し始め、呆れたような嬉しそうな父親たちについて夜子も玄関へと入った。
朔間家の子どもたちも出迎えをしてくれようとしていたようで、玄関には黒髪の少年が二人立っていた。少し髪の毛が長めで背が高い方が兄だろう。夜子と同い年の。
「あ、あれ?零くん?」
「久しぶりだな、夜子!」
しばらく前に、公園で出会った少年だと気づくのに時間はかからなかった。
零は草履を脱いだ夜子の手を嬉しそうにひいて、両親の許可を得ると自室へと案内してくれた。後ろから凛月と呼ばれた弟が兄者ばかりずるい…とつぶやくのが聞こえたが、それに答えるまもなく零の自室へ押し込まれてしまう。
黒ずくめの私服で決してフォーマルな格好ではないけれど、零の服装はセンスがあるなと夜子は見つめた。自室の中も男の子らしいカラーリングでまとまっていて、余分なものは置いてないようだ。
「お前にもう一度会いたかったんだけど、あの公園に行ってもなかなか会えなくて。」
「ごめんなさい、言えば良かった。あそこね、お家から近いわけじゃないの」
「良いんだ。俺も青梅って聞いた時点で気づけばよかった。でもまた会えたから許してやるよ。」
零の話を聞くうちに、彼がヴァイオリンを弾けること。凛月には仲良しの幼馴染が居ること。そして弟のことをとても大切に思っていることを教えてもらえた。
夜子もまた、ピアノやお琴ができること、日本舞踊を習っていること、それから真面目な幼馴染と病弱な幼馴染が居ることを教えた。
「じゃあ今度、一緒に弾こうぜ。」
「無難に『愛の挨拶』練習しておくわね」
「分かった!」
ニカっと溌剌とした笑顔を見せてくれた零に、夜子もまたにっこりとほほえみ返した。
その後もしばらく二人でおしゃべりしていた記憶があるのだが、夜子が次にはっと気づいたのは翌朝自宅のベッドの上でのことだった。
零はお参りとあいさつ回りで疲れたらしく、プツリと糸が切れたように眠ってしまった夜子をそっと引き寄せた。ソファに並んで座っていたので膝の上に頭を載せて、少しでも眠りやすいように気をつける。
誰かがそばにいても眠れるのは、その相手のことを少しでも信頼しているから。夜子が眠ったのは疲労もあるだろうけれど、何より零のことを「悪いやつ」だと思っていないからだ。そう思い当たった零はなんだかこそばゆい気持ちで夜子の髪の毛を撫でた。
日本髪ではみっつのお団子を作るが、最近の流行りに則ったのか彼女のお団子は頭の斜め上だけで、前髪も普通に降ろされている。その前髪を撫でながら、足に刺さって痛い髪飾りを外していく。
「夜子、会いたかった」
無性に。
毎日のように得意ではない日光に晒されながら、あの公園へ足を運ぶくらいには。出会ったのは夕方であったけれど、普通の子供が遊ぶ時間にわざわざ出向いた。そのせいで帰宅後に真っ青になって両親に怒られもした。
両親のあの様子なら、零が会いたがっていた「友達になった女の子」が夜子だと気づいてくれただろう。
「青梅なら朔間のことも知ってるか…」
時計はすでに夕方と呼べる時間をさしており、あいさつ回りの順番を最後にしたのだろうことがわかる。両親から聞かされたところによれば、青梅と朔間は切っても切れない縁があるらしい。朔間家の者が日中を好まないと知っての時間設定だろう。
「夜子、お前なら一緒に居てくれるか?」
特殊な「血」を持つ者同士、ずっとそばに居られたら。そう願って額に口づけた。
2020/04/14 今昔
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