癸の祭り当日。
ヨナガはリハーサルも兼ねて数日前から忍の任務から外れている。町おこしも立派な任務だと言ってくれたらしい火影様には頭が上がらない。
先日練習中にちらっと見に来ていたミナト班のみんなとは結局話せていないので、今日出会えたら重畳といったところだろう。

祭りが始まる昼前から気の早い観光客や木ノ葉の人々で屋台が賑わっている。これが夕方になればもっと人が増えるのだろう。警備は最少で良いとなっているのは、いくら酒が入るからとは言えども忍がたくさん来るからだ。
つまり、警備担当になってしまった班はハズレとも言える。


「ヨナガさん、そろそろ昼の部をはじめましょう。ゲリラライブです!」


二軍の「つぼみ組」が考案したゲリラライブ。祭りの開始時間と共に町の各所から歌い踊り登場する二軍メンバーが、客寄せをしながら大舞台へと向かい演技を終える。そしてそこで告知されている見習いたち「芽組」の演技がはじまるのだ。
母に伝えたところ面白そうと二つ返事で了承を得たこれが、ヨナガにとって最も緊張している舞台であった。


「よし、つぼみ組の皆、通信機はおっけー?」


各自の了承の返事を聞くと、ヨナガは深く息を吸った。
前に買った女の魅力を上げるという香水を首元へ軽くつける。


「それじゃ、つぼみ組の本気を見せるわよ!」





チューニングかと思わせつつベルトーンで和音を結び、人々の耳がこちらへ向いた頃が演技のはじまりだ。
異国情緒漂う前奏が町の各所から流れはじめる。それと共に町で一番高い商店の屋根からヨナガが歌い始め、それに合わせて他の少女たちが登場する。きっと今頃芽組は舞台袖で緊張と戦っているはずだ。


(舞台を温める前座の役割は、私達つぼみ組にまかせて…!)


その思いで路上のファンにサービスをしながら大舞台へ移動すれば、緊張など忘れあっという間に自分たちの最初の出番は終わってしまうだろう。
そう思っていた。

ばっちりと目が合ったのは、銀髪の、彼。


(あ、カカシ…)


恋歌を知り合いの前で歌うのはなかなか恥ずかしいが、それをひた隠しにして、勿論道沿いに居るカカシにも周囲と同じように流し目と投げキスをプレゼントして通り過ぎた。

今度こそ本当に緊張も忘れて一瞬の間に大舞台へとたどり着いた。芽組の子たちが先輩の登場に浮足立っているのが見えた。まだ十歳未満のお金をもらって演技することは無い子たちなのだから当然だ。


「ヨナガさん、お疲れ様」

「ありがとうございます」


同じつぼみ組には年上の子たちばかりで、芽組の子たちの方が歳が近いのだが、それでもヨナガには敬語を使ってくれる人も多い。前に一度訪ねたことがあるが、座長の娘だからというだけでは無いらしい。


「ところでヨナガさん、途中でなんかやたらファンサービスしてた男の子が居ましたよね!?」

「あ、あれ私も気になってたんです!」


一人をきっかけにわらわらとつぼみ組の面々に囲まれていく。年相応に好奇心に満ちた目をしているのが厄介そうだ。


「恋愛は禁止のつぼみ組において、まさかヨナガさんが?」

「そんなこと言っても、格好良い人には皆積極的じゃないのー」

「そうよ、アケビだってさっき道すがら…」

「きゃー、言わないで!」


ドドン


ヨナガが対処に悩んでいると、大きく大太鼓の音が響いた。途端、全員が真剣な目つきで舞台へ視線を戻す。
自分たちも通ってきた道、芽組の出番がはじまった。

自分たちが怖かったあの初舞台。前座という特殊な立ち位置。そのプレッシャーからくる失敗。それを緩和するために、今度は自分たちが後続を守るのだという真剣な目だった。





ヨナガたちつぼみ組は昼の部をすべて舞台袖で手伝いをしながら見ると、舞台衣装のままで町へ繰り出した。それが癸一座としての正装でもあるから、祭りにはもってこいの装束であるのだ。
そして観光客に頼まれれば一緒に写真も撮る。ただし隠し撮りはご法度となっている。勿論、隠し撮りが無いのは癸出身の忍をはじめ、優秀な人間が多く居るからだろう。更にはうちはの警務部隊も居るとなれば、そうそう犯罪も起きるものではない。

そこでヨナガは治安維持と護衛任務になっているはずのクシナ班とミナト班を探しに、舞台衣装のままで歩き回ってみた。途中の屋台で飲み物を二本手に入れて、ぷらぷらと歩くうち、祭りの最初に自分が登場してきた場所へとたどり着いた。

町で一番大きな商店の下、人混みから少し離れて立つ木ノ葉の額当て。癸の家紋が入った「警護」の腕章。ヨナガの足は自然とそちらへ向いた。


「お疲れ様、カカシ」

「ああ、ヨナガもお疲れさん」


ありがとうと受け取った飲み物を一口含むと。カカシはヨナガの服装を下から上までじっくりと眺めてきた。そんなに珍しいものでも無いような気はするのだが、カカシの目は好奇心に満ちている。


「出てきた時とは違うんだな」

「そうだね。あれはインパクト重視だったから。こっちが正装。和服っぽいし、露出も少ないでしょ?」


ヨナガは腰元で帯がぎゅっと締まる正装のデザインが好きだった。カカシに興味を持ってもらえたのが嬉しくてその場で回ってみせる。


「今日は舞台見られないと思ってたから、最初のが見れて良かったよ」

「まさかカカシの真ん前に出てきちゃうとは思ってなかったけどね。びっくりした。」

「あれでビックリしてたの?」


目を丸くするカカシの様子に、ヨナガは少し驚いた。


「してた、してた。」

「そうは見えなかった」

「そりゃあね。私達芸人だから、いつも誰かを演じてる。誰かになりきることを教わってる。自分の感情は二の次にするように訓練されてるから。」

「…まさに忍だな」

「そうかもね。だけど忙しすぎるから、本当は二足のわらじって駄目なの」

「中途半端になる上に、スパイにでもなられたら困るんだから当たり前だな」


そう言いながらも隣に並んだヨナガに穏やかに目線を向けてくれる。大人っぽい雰囲気があってアカデミーで人気だったカカシだけれど、ヨナガたち芸人から見るとまた違った見え方をする。
彼はなんだか大人びようと背伸びしているように見える。大人な自分を演じているようにも見える。

自分と、同じように見える。


「…カカシなら二足でも上手に履きこなせそうだね」

「やめてちょーだい。俺は演技なんて向いてないよ」


クスっと笑ったカカシに、いつか彼の本当の表情を見てみたくなった。

この合同任務以降、やたら仲良くなったオビトとウマイのこともあってなのか、クシナ班とミナト班の合同訓練が増えていくことになる。





2019/05/24 今昔
加筆修正




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