癸(みずのと)の一族が大名のお呼ばれで他国へ赴いていた一ヶ月が過ぎ去り、自宅へとヤヨイの両親も帰宅した。
途端、癸の区画が一気に賑わうのだ。
ある者は他国の工芸品を手に入れるため。
また別の者は旅立っていた芸人たちから情報を仕入れるため。
広くは無い町の中、特に接客系の場所がどっと沸くのが、癸一座が帰国した週末である。
「護衛任務…ですか」
ミナトの背後に並んだオビト、リン、そしてカカシは担当上忍のリアクションを不思議に思って小首をかしげた。
いつもならスムーズにやりとりして終わるはずなのに、何やら紙を凝視している。
「はい。こちらはうずまき上忍の班との合同任務になります。火影様たっての希望で、この二班で向かうようにと」
「わかりました。今日のクシナ班は?」
「少々お待ち下さい。……癸の第二訓練場に居るようです」
「ありがとうございます」
受付嬢と言葉を交わし終えると説明もなく一旦外へ向かわされた。
カカシたち三人は不思議に思いながらも後を追い、受付所から足を踏み出す。五月晴れの清々しい空は、少しばかり張り切っているようで、直射日光は暑い。
ミナトの足は迷うことなく癸の住まう方面へと向かっている。
「さて皆、次の任務はちょっと変わってる。聞いていたとおり、そもそも他班との合同任務になる」
「ごーどー?」
首をかしげたオビトにミナトは笑いかけた。
「この前コテンパンにやられたクシナ班と合同だ」
「まじかよ!!あのネギマって人嫌いだ!!幻術であんなもん見せやがって!」
さっき受付嬢がうずまき上忍の班だと言っていただろうにと思ったが、カカシは賢く黙っていた。一度も幻術に捕まらなかったため何を見せられていたのか気になるが、オビトの相手をしていては疲れるだけだ。
「そして内容が問題だ。あの癸一座のお祭りの治安維持の護衛任務となっている。」
「あの、癸一座のお祭りって毎年やってるあれですか?」
リンの問にうなずくとミナトは簡単に説明してくれた。
毎年他国を巡業する大きな仕事を終えた癸の一族は、一年の労いと来年の繁栄を祈って初夏に祭りを行う。そこでは一軍でもある巡業をしてきた者たちの舞台だけでなく、もう少し小さな仕事をこなす二軍、まだ修行中である見習いたちの舞台などなど。ただの祭りでありながら癸が木ノ葉の人々をおもてなしするものなのだと。
勿論、カカシもオビトもリンもあの豪勢な祭りに行ったことはあったが、その意味までは知らなかった。
「そして今回は、私たちが一緒だってばね!」
癸の町の方からクシナが現れた。その後ろにはネギマとウマイも居て、目があったのだろうオビトがうげえっ!と失礼な声をあげている。
「やあ、クシナ。それにネギマとウマイも」
「ミナト先生、お久しぶりです。僕たちだけだってのに驚かないとなると、やっぱり気づいてらっしゃるんですね」
「うん。これでも上忍だからね、色々と情報は入ってくるよ」
ネギマとにっこり笑い合う様子に不思議に思ったが、それもクシナの先導で癸の訓練場に入ると解決した。
「これは…」
「すごーい!」
「めちゃくちゃ綺麗だな!」
歓声をあげたカカシたち三人にクシナが続けた。
「無理もないわ。普通は見ることはできない光景だからね」
どうやったらあんなに綺麗に靡くのか分からない柔らかな布。合わせ襟で両肩は見えており、着物のように袖は長い。手首と足首には鈴がついており、カチューシャに大小様々な四角い滑石を取り付けた髪飾り。
同じ格好に同じ髪型をした女性たちの中央で、一人だけ髪の上に長い薄衣を載せた少女がひときわ美しく舞っている。
「これが癸の二軍『つぼみ組』。そしてこの二軍のリーダーを兼任しながら忍になった癸史上初の少女がヤヨイだってばね!」
祭りの会場にそのまま使われるのであろう、地面から三十センチほど浮かせた木製の大きな板の上で踊る少女たちから、リンもオビトも目が離せないらしい。横八メートル縦五メートルはあるだろうその上に、前方が空いたコの字を描くように楽隊が座り、その中で少女たちが踊る。
中央で時折一人だけ違う動きをしたり、周囲の数人を巻き込んだりしながら歌い踊るヤヨイ。カカシは彼女ただ一人から目が離せないでいた。
「ヤヨイはこの祭りの主催側だから任務には入れない。この七人で祭りの護衛を行うよ。当日見られるかは分からないから、しっかり見ておくんだよ」
あの剣舞を使われた時と同じように、他に意識を持っていくのは失礼な気がするのだ。
勿論、惜しげもなく晒される太ももから足首にかけてのラインが美しいことは否定しない。けれどその洗練された所作すべてに目を奪われる。
「カカシ、ヤヨイが気になる?」
ミナトに言われてはっと顔をあげると、ミナトの後ろからニヤニヤと顔を覗かせるネギマとウマイも居た。
「まあ、リーダーってだけあって上手ですよね」
「僕らの可愛い後輩に、こんなに無愛想な虫がつきそうだとは…嘆かわしい!ね、ウマイ」
「いやいや、癸は強い者に付くのも掟のひとつだから、ありえないことじゃないぞ」
カカシは視線を三人からヤヨイへ戻すとふうっと息をついた。
「別に『ありえないこと』ですよ、多分」
アカデミーでのライバルでもあったヤヨイの珍しいものを見たから。
珍しい姿を見たから。
だから少し、ドキドキしているだけだ。
2019/05/24 今昔
加筆修正
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