カカシはオビトとリンと丸くなって言葉を交わしていた。相手はなんと言っても同期で自分とトップ争いをしていた癸ヨナガだ。一族の期待を一身に背負う彼女の努力をアカデミーで見たきたカカシは彼女を十分に警戒していたし、オビトやリンもカカシと並びそうだった秀才を前に怖気づいているように見える。


「相手には幻術使いが居るから、多分有効活用してくるよね?」

「そうだ、だからリンには回復役として待機してもらうほかない。オビトはとにかく絶対に幻術にかかるな。」

「な、なんだよ上から目線に!」

「じゃあ、一人で幻術解けるの?」


カカシにぶっすりと言い返されたオビトがどんよりとしたところで、ミナトから訓練開始のために場内へ散るように指示が出た。
打ち合わせの通り、相手にばれないよう瞬身の術でリンを中央後方へ、その少し左前へオビト、右前へカカシが配置する。鋒矢の陣のような形だ。


「訓練開始!」


クシナの声と共に高速で相手陣地からなにかが飛び出してくる。
それがヨナガであると認識した瞬間にはクナイを投げるが、上手に剣ではじかれる。そのままもう片手のクナイで応戦するも、なぜかお互いの攻撃と回避がきれいに噛合い、押し返すことも引いて体制を立て直すこともさせてくれない。
互いの刃物がぶつかり合う独特な音と、癸一族が使う不思議な刀剣が風を切る音、そして薄く微笑みながら目の前に立つヨナガの吐息だけが耳を支配する。

幻術の類なのかと目線を動かせば、自分がヨナガに抑え込まれている間に、今度は牛島ウマイがオビトの腕を掴んで巻き込みながらリンにタックルをかました。


「リン!オビト!」

「よっしゃあああ!!!来い!」


ウマイが直線に走ってきたのに対して曲線を描いていたらしいネギマが、思いの外こちらの陣地寄りに立っている。リンとオビトがうめいているところを見ると、うまく幻術にかかってしまったらしい。


「よそ見しちゃ嫌」


耳元でしたヨナガの声に目線を戻せば、剣技のやりとりはそのままにぐっと前のめりになったヨナガの顔が目の前にあった。口布ごしに唇が触れそうな距離にゾっとしたし、ドキリとした。

小回りの聞くクナイで応じているにも関わらず、脇差でうまくいなしながら応戦するヨナガの動きはひどく洗練されていて美しい。風切の音と、微笑み、吐息でさえもカカシを捉えようとするそれは、癸という一族が芸能を嗜む者であると思い出させられた。


「俺まで負けるわけには行かないでしょ!」

「こっちは三人居るよ?」

「幻術さえ解ければ!」


通常とは逆向きにクナイをオビトとリンへ投げようとするも、鞘を使ってヨナガに叩き落とされる。


「よそ見しちゃ嫌って言ったのに」


先程と同じ台詞を先程よりも不機嫌に言ったヨナガが、そのまま体重をこちらへ凭れさせてくる。もとより異常に密着していたためそのまま背後へ倒れ込み、コツンと互いの額当てが触れ合った。
キスでもされそうな距離にまたしてもドキリとすると、ひんやりと首筋に刀が添えられた。


「そこまで!」





飲み物を片手に一旦集合すると、上忍の二人は楽しげに微笑んでくれた。


「ヨナガ、流石は癸の跡取り娘だね。名に恥じぬ剣舞だったよ」

「ありがとうございます、波風上忍」


褒めて頭をぽんぽんと叩くミナトに、ヨナガが楽しげに微笑む。それを聞いたオビトが地面に座ったままでぐるんと振り返ると、ミナトを見上げた。


「剣舞ってなんですか?」

「普通なら剣を使って踊りを披露することなんだけど、癸の人たちはその踊りを利用して剣術を使うんだ。動きが噛み合うと抜け出せなくなって、お互いの動きがまるでひとつの舞のようになるんだ。」

「その間に味方が幻術をかけたり、横から大技を入れるっていうのが鉄板だってばね。今回はカカシの足止めに使ったみたいだけど」


カカシはなるほど、と自分の両手を見下ろした。
あの時妙に動けなくなっていたのはその「癸の剣舞」のせいだったらしい。確かに互いの動きがきれいにハマり、止まれない舞のようになっていた。


「癸の大人はもっとすごい剣舞しますよ。私なんてペーペーなので、カカシ一人の足止めが精一杯です。」

「ふうん、精一杯だからあんなことしてたの?」


カカシの右側に居たリンが、カカシの左側に居るヨナガを覗き込んで口を尖らせた。


「あんなことって?

「ヨナガ、お前、カカシにめっちゃくっついてただろ?」


オビトにまで言われ、カカシはふとこいつら幻術にかかってたんじゃ…と思い返すと、見越したようにネギマが言った。


「幻術の中で分身したウマイに羽交い締めにされてるだけだったから、外の様子は見えてたんだね。僕の幻術もまだまだか…」

「で、ヨナガ、本当のところはどうなの?」

「えっと、剣舞の時は集中しすぎててよく覚えてない、かな」


はぐらかしたな、こいつ。
カカシだけでなくその場の全員が思ったらしく、ミナトが「次の対戦に向けて戦略の練り直しをはじめるよ」と声をかけるまで、クシナまでもが一緒になってヨナガを問い詰めることになるのだった。








2019/05/24 今昔
加筆修正




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