カカシの様子見を頼まれた任務の翌日、ヨナガはひとつ任務を終えるとクシナの自宅を訪ねていた。
心の中になんとなく溜まっているモヤモヤを伝えられるのは、同じ班のネギマや、上司になったミナトではなく、同性であり師であるクシナだと思ったのだ。


「いらっしゃい」

「突然すみません、お邪魔します」


まだクシナが一人で暮らしているという部屋は、途中まで荷物を運び出してあるそうで、存外さっぱりしていた。
二人はクシナが淹れた紅茶と、ヨナガが持参した癸のお菓子をテーブルに広げ、それだけでほころぶ頬をごまかすように椅子にかける。


「で、どうしたんだってばね。」

「色々と報告はあるんですけど…ウマイのこととか、暗部になったこととか、ミナト先生とどこまで話がすすんでるのかとか…」

「ウマイのことは私も辛い。はじめての教え子を失うことになるだなんて思わなかった。暗部のことはミナトから聞いてるってばね。就任おめでとう!ミナトとは…実はじきに入籍することになってるのよ」

「入籍ですか!!え、すごい!!おめでとうございます!!」


クシナの一言でテンションが天井を突き抜けたヨナガは、はっと思い出した。クシナは人柱力という九尾を封印している要だと聞いた。いわば、里最大の戦力を体内に保管しているのだから、敵も多いだろう。里から出られないほどに。


「でも、名字はどうするんですか?」

「んー、ミナトも火影になったことだし、しばらくは今のままの名前で通すつもりだってばね。そもそも入籍だって相談役たちくらいしか知らない話だもの」

「そうなりますよね…」


ヨナガはずずずっと紅茶をすすり、自分のことを振り返ってみた。
例えばヨナガが誰かと結婚することになったとして、恐らくは癸という一族のために名字は旦那さんに変えてもらわなくてはならないだろう。それをヨナガが隙きになった人…カカシは許してくれるだろうか。
はたまた、なにか予想が外れてヨナガがカカシの名字を名乗ることになったりなんかしたら…


「っ…」

「どうしたんだってばね?」

「い、いえ!」


我ながらとんでもない想像に、熱くなる頬を慌ててぱたぱたと扇いだ。


「そういうヨナガは、カカシとどうなってるの?カカシの心労がひどいって聞いてるけど…」

「はい。カカシが…リンのことで忍術が使えないというか、術がひとつ、使えなくなっているようで」

「そうじゃなくって、ヨナガは、カカシのことどのくらい好きなの?」

「それは…」

「私からすれば、ヨナガだって十分心労がひどうように見えるってばね!リンのことは…そりゃあ辛いし悲しいし、けれど生きる糧にしなくちゃならない。だから、ヨナガがリンに気を使って『カカシが好き』だって言えないのは違うと思う」


見据えられているのに気づいて顔をあげると、今までに見たことがないくらい真剣な顔のクシナが、ティーカップを手にこちらを見ていた。
まっすぐな視線は、昨日話をしたミナトにとてもよく似ている。


「私は、カカシのこと……好きです」

「うん。知ってるってばね。それは、どういう意味の好き?」

「男の子として、好き」


そう、だから。モヤモヤするのは、きっとこのせい。
リンのことは大切な友達だと思っているのに。リンのことで悩み、周りの人の声だけでなく時折はヨナガの声が耳に届かなくなるカカシ。カカシもリンも悪くないのに。それなのに、リンに嫉妬してしまう。
どうしてリンのことばかり考えるの?と。カカシに苛立ってしまう。

そんなことが、ぽろぽろと口から溢れていってしまう。
癸の人間は誰しも、演じることに慣れていなければいけないのに。本音はひた隠しにして、理想の自分を演じなくてはならないのに。


「ヨナガは間違ってないってばね」

「でも、リンもカカシも…」

「好きな人が他の女の子のことを考えていたら、誰だって辛い。私だって、ミナトが他の女の話してたら…」


びきびき。凄まじい勢いで拳が握られた。りんごくらいなら木っ端微塵にできそうだ。


「だからね、ヨナガも気持ちを伝えてみたら良いと思う。勿論、タイミングを見計らって。だけど…何年かかるか分からない。それでも、ヨナガとカカシならリンやウマイが居なくなったこと、乗り越えられると思うってばね」

「はい。…待ちます。……待てると、思います」

「それか、既成事実を作っちゃうことだってばね」


笑顔でウインクしたクシナに、ヨナガは苦笑いするしかなかった。流石にまだ十五歳なのに、そういったことに及ぶのはどうなのだろう。人並みの興味関心はあるけれど。

その後は他愛のない、忍服の話だったりをしながら、二人は久々にのんびりとお茶を楽しんだ。




クシナの家を去ったヨナガが帰宅すると、夕飯前にカカシが病院から帰ってきた。やはり癸にあるヨナガの家で引き続き預かることになるようだ。
二人は夕飯を終えると、ヨナガの部屋に並んで座って湯呑を手に縁側に腰掛けた。


「今日、ミナト先生に暗部に入るように言われた」

「そうなんだ。おめでとう、実力が認められた証拠だよね」

「……ヨナガも、暗部になったんだろう?」

「うん」


空になりそうなカカシの湯呑に、急須からお茶を注ぐ。
半分くらいで良いというカカシの要望に答えて、残りは自分の湯呑に入れた。


「ミナト先生が、明日二人で暗部詰め所に行って、装備を受け取るようにって言ってた」

「分かった、ありがと。一緒に行こうか」

「ああ」


それじゃそろそろ寝る。湯呑を持って片付けながら立ち上がったカカシを追うように、ヨナガも湯呑と急須が乗ったお盆を持って立ち上がる。なんだか話足りないような気がしたのだ。
今日クシナとお喋りしたからなのか、カカシと離れがたい。

立ち上がり振り返ると、ふと、鏡台に置いてある香水が目に止まった。


−−− 既成事実を作っちゃうことだってばね


クシナの声が脳内に蘇る。


−−− デートでコレを買うだなんて、お嬢も大きくなりましたねえ


女性の魅力を高めるための、香水。
暗部のマリアに教わったことで、最近使いこなせるようになってきた癸の秘術「水連」。


「ヨナガ?」


立ち止まったヨナガをおかしく思ったのか、カカシが振り返る。流し目でこちらを見るカカシに、ヨナガはふふっと微笑んだ。
お風呂上がりかつ、ヨナガと二人の時だけ外される口布は、一体どういう意味を持っているのだろう?


「カカシ、私ね、カカシのことが好き」

「え…?」

「カカシのこと、好きなの。だからもうちょっと、一緒に居たい」


癸の秘術は印を結ぶ必要はないけれど、より強力にするのなら右手の印が必要だった。お盆から手を離し、右手で簡単な印を結ぶ。


「水連」


空中から現れた水がするすると動いて形をつくる。ついこの前試した時にはただの水の塊だったそれが、今はきちんと頭と尾が分かる蛇の形になった。
水の蛇はすぐさまカカシの喉元へとりつき、そして阻む口布もないカカシの口へとちゅるんと飲み込まれていった。


「大好きよ、カカシ」


お盆を畳に置くと、ヨナガはカカシに歩み寄って引き寄せた。触れられた場所から電気が走ったようにびくりと震えるカカシに、ヨナガの頬が蕩ける。
砂糖菓子のように大切に、カカシの頬を両手で包んで唇を重ねる。両側で右往左往しているカカシの両手が可愛らしい。

行き場を失ったのか、カカシの両手はヨナガの肩へ落ち着いた。
ちゅっちゅっと音をたてて、かすかに開いた下唇を吸う。それだけで息があがるカカシを見つめれば、頬は紅潮し瞳は潤み、眉尻を下げて切なげにこちらを見ている。


「お、おい…ヨナガ?」

「水連はこういう術だって、カカシにも教えたでしょう?」

「ヨナガ…これ以上は……」

「嫌?」

「嫌じゃないっ!…あっ」


首を傾げたヨナガに、咄嗟に否定したカカシは、否定してしまったことに驚いたように声をあげた。


「カカシ、私に任せて」


ヨナガが触る場所全てに敏感に反応するカカシを抱きしめて、ヨナガは寝室の六畳間へ移動した。






2019/06/25 今昔




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