ガイからミナトの四代目就任を教えて貰った数日後、ヨナガたち同期のメンバーは並んで就任式の様子を見ていた。
よく馴染みのあるミナトが火影になることで、ヨナガやカカシに限らず同期の全員がこれからの未来に期待をしていた。居なくなってしまった同期や先輩たちのことを思って、どうか平和になってほしいと祈っていた。


「ミナト先生、格好良いね」

「…ああ」


ヨナガとカカシは就任式を見届けた後、そのまま訓練場へとやってきていた。
カカシから手合わせにつきあってほしいとお願いされ、ヨナガは一にも二にもなく頷いた。
こうして体を動かすことでカカシが少しでも罪悪感から逃れられるなら。いくらでも付き合おうと思うのだ。

カカシ相手に手加減なんてしていたら痛い目にあうのは分かっているので、最初から脇差に手を載せておく。


「オビトから貰ったこの写輪眼。千鳥と写輪眼がひとつになった時、この術は完全になった」

「……カウンター対策ができるようになったんだね。」

「しかし…その術でリンの命を…」

「……大丈夫、私ってば結構回避能力高いんだよ。」


思い切ったように千鳥を使ったカカシが突っ込んでくる。それはもう分かっていたことなので飛んで回避。振り返りざまに脇差を振るう。
そこまでカカシの読み通りだったのか避けられ、クナイが飛んでくる。それを綺麗に回避して、ヨナガはぐっと脇差を持ったまま踏み込んだ。触れるか触れないか耳の横に、術を置くようなイメージで囁く。


「"水連"」


ばしゃり


喉のまわりを首輪のように回る水が呼び出される。甘い香りのそれはカカシの顔の周りに移動して、口布を濡らした。


「なんだこれ!」


慌てて拭うカカシにヨナガは完全に術が決まったことを把握して、脇差を納刀すると近寄った。ひとまずリンのことについての罪悪感は今は消えているらしい。


「癸の秘術。水連。もっと熟練の人…私の母だったらあの水は花の形になるの。甘い香りで相手を魅了する。媚薬なんかと同じ効果があるの。」

「なるほど、それで…」


しゃがんだまま立ち上がらないカカシに手を差し伸べたけれど、首をふって断られてしまった。そんなに驚いたのだろうか。


「一対一、負けられない相手にハンデを与えるための術。あとこれの下位互換の術は、癸の踊り子がたまに演出として使うよ」

「…ああ、昔祭りの警護をした時に見たあれか」

「そうそう。水切り舞って呼ばれてる。癸の血を引いていれば使えるっていう、白眼とかとは比べ物にならないくらい、ありふれた血継限界だよ」


ヨナガが再び首の周りに水を浮かべて遊びはじめると、「おーい」と遠くからガイの声が響いてきた。徐々に大きくなるそれに、どれだけ大声で、どれだけ遠くから呼びはじめたんだと呆れながら振り返る。
ストンと着地したガイに見られて、ヨナガは何も言わずに水を消した。


「こんなところに居たのか」

「どうしたの?」

「任務だ、ふたりとも。すぐ出頭しろって。」

「分かった。ありがとうね」


ヨナガがそう言って落としたカカシのクナイを拾いまた顔をあげると、ガイは身動きしないカカシをじっと見ていた。ガイも猪突猛進のバカに見えて、仲間の気持ちに敏感だ。きっとカカシの様子がおかしいことには気づいていて、けれどどうして良いのか分かっていないのかもしれない。


「ガイ、三人で戻ろうか」

「あ、ああ…」


ヨナガはカカシとガイの手を取ると、両手にバラだなあ…だなんて思いながら火影邸へと森を駆け抜けた。




コンコンとカカシがノックすると、火影の執務室から「どうぞ」と声が返ってくる。今まで三代目ヒルゼンの声だったのがミナトに変わったことで、なんだか誇らしいような気持ちになった。
ガイとは別れて、カカシとヨナガだけが火影室へと入室した。


「任務ですか?」


早速という風に問うカカシの声は、やはり少し切羽詰まっているような感じで、ヨナガはもやっとした。


「ああ、カカシには平和条約に関する書類を受け取ってきてもらいたい」

「はい」


カカシは、ということは、ヨナガにはなにか別の任務が言い渡されるのだろうか。最近はカカシやネギマと組んでの任務が多かったので、少し背中がそわそわする。


「忍の中には、まだ戦乱の世を望む勢力もいる。その者たちが書類を奪い、仲違いさせようとしているという情報がある。心して任務にかかってくれ。」

「はい」

「ヨナガにはちょっと複雑なことをお願いするつもりなんだ。」

「分かりました。カカシ、お見送りできないけど気をつけていってらっしゃい」

「…分かった。行ってくる」


ヨナガが含みのある笑みを浮かべたミナトを前に、カカシを見送ると、ミナトはそれを分かっていたとでも言いたげに微笑んだ。背中が更に、そわそわする。
しばし二人が周囲のチャクラを探知して、本当にカカシが居なくなったことを確認するとヨナガはミナトに向き直った。


「それで、カカシの前で言えない任務とは?」

「カカシが岩隠れへと向かうその後ろを、彼らと一緒についていってほしいんだ」


音もなく入室したチャクラに視線を向けると、暗部のお面を付けた人間が二人出てくる。隙のなさにこちらが参ってしまいそうだ。


「カカシがリンのことで不安定になっているのは、ヨナガも重々承知していると思う。そこで、この任務にあたるカカシの様子を伺い、問題が発生すれば介入して手助けをしてほしい」

「……ボロを出させるために一人で任務に行かせたんですね」

「怒ったかい?」

「いいえ、私でも弱音を吐かせることはなかなか出来ないので…木ノ葉の未来を担う優秀な忍を、どうにかして救うべきだと私も思いますから」


それだけじゃないだろ、と言ってにっこり微笑むミナトと、自分の師であるクシナの笑顔が重なって、ヨナガの背中のそわそわが引いていった。
きっとミナトは、クシナのことがとても大切で、とても愛おしくて、そしてとても重たい存在なのだろうと思う。重たくて、離せなくて、心地よい。きっとそんな存在なんだろうなと、ひと目見て分かるほど。

その笑顔を見ると、ヨナガもほっこりと暖かくなるし、少し−−いや、かなり、カカシに会いたくなる。
ああ、私はカカシのことが好きなんだなあと、実感させられる。


「ヨナガにとってカカシはどんな存在なのかな?」

「…多分、大人になったら、ミナト先生にとってのクシナ先生みたいな存在になると思います」

「そうか。それはとても幸せなことだね。この任務にはガイくんもつけるから、うまく協力して、君にとっての大切な人を支えてあげてほしい。そのために君を、火影直属の暗部に任命する」

「はい!……はい?」


ポカンと。思わず口を開くと、ミナトはイタズラ成功という笑顔を浮かべ、ヨナガにひとつのお面を差し出した。白狐に青い塗料で線を描いたお面は、間違いなく暗部の人たちが付けているお面と同じもので、ヨナガはますます混乱した。
混乱したまま受け取って、もう一度、え?えっ!?と声が出てしまうのを許してほしい。


「暗部って…私がですか?」

「そう。オレ直属のね。君の能力は申し分ないし、何より暗部のマリアに教わったその技術は通常任務よりも暗部の方が活かしやすい。火影直属だから情報も入りやすいし、融通は効かせるつもりだよ」

「大婆様に反対されそうですが…分かりました。謹んでお受けします。」


ヨナガは優しい顔のミナトに見送られ、暗部の人たちと一緒にガイとの合流地点へ向かった。
人前で宣誓してしてしまったからなのか、こっ恥ずかしいような、幸せなような気持ちになった。




木々の間を綺麗に飛んでいくカカシのはるか後ろからついていく。先陣は探知が得意だという暗部の人、その後ろからガイ、ヨナガ、そしてもうひとりの暗部が続いて、カカシを追跡している。
ヨナガはガイを驚かせないためにも暗部所属を示すお面は置いてきていて、いつもの忍服に癸の羽織を着ていた。


「それにしても、ミナトせ…いや、火影様はカカシを大切にしてくださっているんだな」

「ガイ、多分ミナト先生はいまさら私達に火影様なんて呼ばれるの、嫌がると思うよ。」

「しかし…」

「正式な場でだけ気をつければ良いんじゃない?」

「それもそうだな!」


暗部の人に怒られるのも嫌だったのでそこで会話を切り上げ、カカシの方へ意識を集中する。
ヨナガも周囲の探知へ力を入れようかとした矢先、先頭の暗部の人が手をあげた。


「カカシより更に前方、なにか居る」


言われ、ガイとヨナガは加速した。友人のため、大切な人のために走らねばと思うと、いつも以上に足が動く。

前方に、千鳥を発動したままで地面に着地するカカシが見えた。


(カカシ!)


やはり、リンを殺してしまったあの技を使うには心が耐えられないのかもしれない。


「お前らしくもない!何をボヤっとしている!」

「カカシ、落ち着いて」

「っ……す、すまん…」


ガイがカカシの周囲に居た影分身と思われる連中を、足技ひとつで全滅させた。
ヨナガも残った本体へ素早く駆け寄り、有無を言わさぬ勢いで脇差を引き抜く。癸の"水衣"を纏った脇差で、容赦なく忍を斬りつけ、動けなくなった相手の捕獲は暗部の人に任せた。

倒れ込むカカシを受け止めて、ヨナガは地べたに腰をおろした。音をたてて呼吸するカカシに違和感がして、呼吸音に耳を済ませる。すっすっと連続する呼吸音は、息を吐き出している様子がない。


「過呼吸か…」


初めて舞台に立った癸の少女たちにも同じように過呼吸になる子が居る。タオルや紙袋で息を吸うのをせき止めて、どうにかして息を吐かせないと酸欠で気を失ったり、もっとひどいことになったりする。
過呼吸は侮ってはならないと、ヨナガは知っていた。


「カカシ、落ち着いて。カカシ…大丈夫だから」


手で塞いでも止まらない息に、ヨナガは思い切ってカカシの鼻をつまむと、自分の口で口を塞いだ。暗部の人はケロっとしているけれど、隣でガイが息を呑んだのが分かる。


「ぷはっ」

「っ…!!」


少し症状が落ち着いたらしいカカシの首に、暗部の人に手刀を入れてもらって気絶させる。そしてよっこいせと声を出して背負うと、ヨナガはしれっとガイに振り返った。


「さ、ミナト先生に報告しに行くよ」

「いや、いや!それはそうなんだが…今のは!」

「うるさいなあ。過呼吸に対処しただけでしょう。暗部のお二人は動揺してないじゃない。落ち着いてよガイ」

「落ち着いていられるか!!」


ぎゃんぎゃんと騒ぐガイを尻目に、ヨナガはカカシを背負ったまま出せる限りの速度で里へと立ち返った。
後ろからガイの声とソレをなだめるような暗部の人の声がするけれど、ヨナガの知ったことではない。




2019/06/17




_