目覚めたカカシは精神的に不安定だとミナトの判断により、火影経由で大婆様へ話を通し、自宅ではなくて癸の家へ送られた。
磯撫の言っていた「リンもカカシも悪くない」、という話はこの際放って置くとしても、夢で見たあの光景については頭から離れない。かといってカカシを問い詰めることも出来ないので、ヨナガはただひたすらカカシが自分から話してくれるのを待つことにした。
ひたすら傍に居て、任務に向かうカカシを見送る時は「いってらっしゃい」、帰ってくれば「おかえりなさい」と声をかけた。
幸い、ヨナガに日付をまたぐような任務は今は与えられていなかった。
数日たった夜、ヨナガの両親と四人で食事を済ませ、それぞれがお風呂に入って就寝したはずの時間。廊下と繋がっている六畳間の襖がすーっと開いた。ヨナガは寝付けなくて読んでいた次回の任務の詳細をしまうと、寝室になっている八畳間の障子をひらいた。
案の定、暗い顔をしたカカシが立っていた。渡された癸の家紋が入った浴衣を寝巻きにしていたようで、口布はしていない。
「カカシ、こっち来て」
流石に夜にもなれば浴衣一枚では寒かろうと、ヨナガは掛け布団を持ち上げて自分の隣をぽんぽんと叩いた。
大人しく入ってきたカカシに、丁寧に布団をかける。
ひどく憔悴した顔に、光の無い右目が辛い。オビトもリンも居なくなってしまったのだから。ヨナガは自分の立場に置き換えて考えて、ぞっとする背中をごまかすために抱きついた。
「このまま一緒に寝ようか」
「…ああ。……ヨナガ、ミナト先生にどこまで聞いた?」
「……リンのことなら、何も。さらわれたリンを助けに行ったカカシの前で…ってくらい」
その説明に、カカシは左目も開くと、ヨナガをぎゅっと抱きしめた。苦しいほどの力加減に、手加減されていないのが分かる。流石に男女差があってきついけれど、寂しさや辛さを解放しようとしているようで、ヨナガはただ息を吐いて耐えた。
「リンは、オレが殺した」
「……病院に居るカカシの隣で寝ちゃった時、夢に見たよ。千鳥に飛び込んで倒れるリンのこと」
少しずつ力が抜けていくカカシに、今度はヨナガが大丈夫だよの意味を込めて抱きしめる。
「リンは…里のためにって言って……オレ、技…止められなくて」
「うん。」
もしも磯撫が言った「悪くない」が本当なら、リンは分かっていてカカシの千鳥に飛び込んだということになる。
磯撫は「リンの中に居た」とも言っていた。つまり、リンが磯撫という妖怪かなにかを取り憑かせられて、それが木ノ葉への攻撃手段だったのかもしれない。
とはいえ、夢で見ただけの内容を本当のこととしてカカシに伝える勇気はない。
何より、ヨナガは少しだけ羨ましかった。
いつ誰の手で殺されるか分からないこの戦乱の時代に、大好きな人の手で死ねたリンのことが。
「リンは自分から飛び込んできたの?」
「……」
ヨナガの腕の中でカカシがこくりと頷く。
「リンの体になにか…罠のようなものが仕掛けられていて、それで『里のために』って言ったのかもしれない。真相は分からないけど…」
「オビトが守りたかったリンのこと、守れなかった…それどころか、オレが殺した。」
「次からは私も一緒に行くから。火影様やミナト先生に頼んで、一緒の班にしてもらおう。そうしたら、私も一緒に里を守るから。オビトやリン、ウマイが守りたかったもの。」
驚きに目を見開いたカカシに、ヨナガはちゅっと唇を重ねた。触れ合った場所から、ほんの少しチャクラが受け渡される。
「カカシとずっと一緒に居て、里のことも、カカシのことも守るから」
「ヨナガ…っ!ヨナガ…!」
今度はカカシから、強く抱きしめられて唇が塞がれる。大きくなってから振り返れば年相応に、不器用なキスだったように思うけれど、この時のヨナガにとっては世界が変わるようなものだった。
互いに下唇をついばみ、舌で撫でて、溢れていた涙を舐める。そうしているうちにどちらからともなく眠りについた。きっと、深い眠りでは無かったように思う。
ヨナガの部屋でカカシが寝た日に気づいたことがあった。
眠っている最中にカカシは何度もうなされていて、起きるとヨナガを起こさないようにそっと布団を抜け出す。もっともヨナガとて忍の端くれなので気づいて後を追ったのだけれど、洗面台で必死に手を洗うカカシが居た。
右手を、石鹸まで使って必死に洗う様子はどこか狂気じみている。
「落ちない…」
呟くカカシに、ヨナガはぴんときてしまった。あの磯撫の居た空間で見たことが現実なら、カカシはリンを千鳥で、右手で攻撃してしまったことになる。
(カカシ…)
きっとそれがストレスになっているのだろうとまでは気づけても、後を追ってきたヨナガに気づくこともないくらい必死なカカシに、かけるべき声は見つけられなかった。
その日、ミナトに言うまでもなく気を利かせてくれたのか、ヨナガとカカシ、そしてネギマは同じ任務に振り分けられた。一緒に行って、一緒に帰ってくる。それだけのことに、カカシが妙に気を張っているのが分かった。
任務内容は平和条約を結ぶことになった岩隠れへ、書類を届けること。
ヨナガやネギマのことを信頼していないわけじゃなくて、単純に失うのが怖いのであろうことは予想できたので、ヨナガもネギマもカカシに対して何も言わなかった。
里の中へ戻るとネギマと別れて二人で帰路につき、ふらふらと癸の町へと向かう。やはりどこか気の抜けたようなカカシの足取りはしっかりしているのに、どこか頼りない。
通りかかった場所で聞き慣れた声がするなと顔をあげると、おだんご屋の前にガイが立っていた。よくよく見れば、同期のメンバーが何人も居る。
「おーい、カカシ、ヨナガ!こっち来て、団子を食わないか?」
「皆……久しぶり」
カカシは話しかけられたことに気づいているのかいないのか、そのままの速度で通り過ぎようとする。見かねたヨナガが一応立ち止まってガイに答えたことで、ようやく話しかけられたことに気づいたようだった。
チラとリーたちへ目をやるも、ヨナガに目線で行こうと促して、足は止まる気配がない。
「ヨナガ、カカシってばどうしたの?」
去っていくカカシに、紅が不思議そうに呟いた。最後の一玉のお団子をヨナガの口に突っ込みに来ながら、カカシの背中を見ている。どうしたの?なんて、とてもじゃないが言えなかった。
「ごめんね、紅。ちょっと色々あって…」
「……分かったわ。追いかけてあげて」
「うん、ありがとう。また…落ち着いたら説明するね」
女の子同士の空気が読めるところがありがたかった。
カカシに追いつくと、本屋さんの前で一冊の本を持って呆然としているカカシが居た。茶髪の女性が本屋さんから遠のいていくのを見て、ヨナガも同じようにむず痒くなった。
「カカシ」
呼びかけると、彼は足元に落としてしまっていた本を手に取ると、さっとお会計をして出てきた。「忍如何に死すべきか」なんてタイトルがちらっと目に入り、ヨナガの方が泣きたくなった。
どうやったら、オビトの時のショックをカカシが和らげてくれたように、ヨナガもカカシを支えられるのだろう。さっぱり分からない。あの時、カカシは何をしてくれた?
自分だって、リンと二人でさらわれた時のように、男の人に体をじっくりと触られるあの気持の悪い任務でいっぱいいっぱいになっているけれど。それでもカカシをどうにかして、幸せにしてあげたい。
「カカシ、家に帰りたくないんだったら、外で本読もうよ。」
「…ああ」
了承を得て公園へ足を向け、二人で並んでベンチに座る。二人分の飲み物を適当に書いだして、本を読みはじめたカカシの隣で空を眺める。
どうしたら、カカシのちからになれるのだろう。踊る?歌う?場を盛り上げる術はたくさんもっているはずなのに、こういう時にどうすれば良いのかがさっぱり分からない。
ぼーっとカカシの気が済むのを待っていると、遠くからこちらへ向けて駆けてくる足音がした。
「おーい!カカシー!ヨナガー!」
そこまで集中して読んでいたわけではなかったらしいカカシも、ヨナガと一緒に顔をあげた。体力自慢のガイが少し息を切らして走ってくるということは、それなりに急いできてくれたのだろう。
勢いのまま、ガイの手がカカシの持っていた本を持ち上げる。
「如何に死すべきか?なんだこれ?」
「返してくれ」
「ガイ、どうしたの?」
あんまり今の彼を刺激するな、という意味を込めて睨むようにして言えば、思い出した!とばかりのリアクションでガイが続けた。
「そうだった!!今、四代目火影が発表された!ビックリするなよぉ!四代目火影は…ミナト先生だ!」
ビックリするなとは無理だ。
まさか、ミナトが火影になるだなんて。歴代の火影の中でもかなり若いのではないだろうか。
「ミナト先生が?」
「そうだ、ヨナガもミナト先生には班ぐるみで良くしていただいていたもんな!これはお祝いをすべきじゃないだろうかと思うんだが…」
ヨナガが真面目に話を聞いてくれていると思ったらしいガイが、熱烈にダンベルとサポーターと兵糧丸、どれを贈り物にするか語っている間にカカシが隣から立ち上がる。
興味が無い、というわけではないようで、自宅とは別方向。集合墓地の方へ足が向いている。
「ガイ、私は無難に消耗品か小さい花束が良いと思うよ」
「そうか?火影になれば机にかじりつくことも増えるだろうから、ダンベルで筋トレをとも思ったのだが…」
「そのあたりはアスマとか紅にも相談してみようよ。皆で集まった方が金銭的にもより良いもの渡せるだろうから」
「それもそうだな!」
早速声をかけてくる!と走り出したガイを見送って、ヨナガはぱたぱたとカカシの後ろへ並んだ。
足取りは確実に集合墓地へ向かっていて、途中にある花屋へヨナガが率先して入っていくと、カカシはちょっとだけ目を細めてくれた。
二人でリンとオビトのお墓に花をそなえて、ミナト先生が火影になることを報告する。お互いに言葉を交わしたりはしなかったけれど、二人揃って期待していた内容は同じだった。
「これで、忍の世界がもっと変われば…リンたちみたいな犠牲は…」
「うん、きっとなくなる。だからミナト先生を私達も支えようね」
2019/06/11 今昔
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