二度目の潜入暗殺任務は、最初の任務を終えてすぐに入っていた。
出掛けに暗部の女性から「孤児で暗部に入ったから本名はなくって、今はマリアというの。顔はまた今度ね」と言われながら香水を受け取った。ヨナガが以前任務につかったあの香水と同じものだった。





数日後、やはりネギマのバックアップを受けながら成功させたヨナガは、世の中にはロリコンしか居ないのではないだろうか?という疑念に包まれていた。


「そんなわけあるか!僕はヨナガみたいな胸だけ成長した子よりも、カカシくらい色っぽい方が好きだね」

「ネギマは男でもいける口なの…?」

「美しさに性別が関係あるかい?」


女の子ならリンちゃんが可愛いと続けたヨナガに、やはり大人になるとみんなロリコンになるのだろうなと頷いた。
帰り道、火の国に入ってからお団子を食べつつ戻ってくると、あうんの門に見慣れたシルエットが居る。ネギマが大きく手を振ると、あちらも小さく手をあげた。そして何を思ったのかこちらへ少し走って、でもぴたりと止まり、何やら悩むようにしている。


「カカシ、どうしたの?ヨナガと僕の出迎え?それとも僕の出迎え?」

「いや……実は…」

「二週間ぶりくらいだからね、会いたくなったのかい?」


カカシはいつもの忍服ではなくて、袖なしのシャツにズボンというラフな格好をしているので、どうやら任務帰りというわけではなさそうだ。
もじもじと、なにやら言いにくそうなカカシの緊張をほぐしたいのか、ネギマは矢継ぎ早にツッコミ待ちの言葉を連ねていく。けれど何もしゃべらないどころかリアクションすらないカカシに違和感を覚えたのか、ネギマも急速に声を落とした。


「何、どうしたの」


空は夕暮れで、遠くにカラスが飛んでいる。夕日に照らされた町並みは綺麗だけれど、暗くなった部分は不気味で怖さを感じることもある。


「リンが、死んだ」


ヨナガとネギマが息をのみ、身動きひとつ出来ずにいると、木ノ葉病院の方から医療従事者らしき白衣の人が数名走ってくる。その人達が口走った内容から、カカシが病院を抜け出してきたのだとわかった。

次の瞬間、ふわっと瞬身の術で現れたミナトが、カカシの首に手刀を叩き込んで気絶させた。ネギマとヨナガがあっけに取られていると、ミナトはそのままカカシを背負いあげて、ひどく辛そうな顔をして


「二人にも話しておきたいから、ついてきてくれるかな」


背を向けて歩き始めた。
病室で死んだように眠りについたカカシは、精神的に安定していないらしい。先程もついうっかりヨナガたち二人が帰還することを医者が口走ってしまったために、周囲の人間を振り払ってあうんの門へやってきたようだ。
眠るカカシに、ヨナガはどうにかして自分が持っているチャクラを返せないかと思案したけれど、どうしても良い方法はおもいつかなかった。


「戦闘中に、事故でリンが死んだ。そこにカカシが立ち会った。」

「リンちゃんが…」

「霧隠れに連れ去られたリンを助けに向かったカカシの目の前で…オレは丁度別の任務に出ていて一緒に居られなかったんだ。」

「その上、私達も居なかったんですね」


ネギマは悲痛な顔で立ちすくんでいた。ヨナガとしてはもう頭の中が空っぽになりそうで、ひたすらカカシの手を握るしかできない。
ネギマの声もミナトの声もどこか遠くへ聞こえて、ヨナガはばたりとカカシの横に上半身を倒した。というよりも、倒さずには居られなかった。ひどく体が重たい。そのまま目をつむり、慌てた様子のネギマが見えたけれど知らぬふりで眠りへ落ちた。




目の前でヨナガが倒れるように眠ったことで、ネギマはそう言えばと思い出した。


「ヨナガも今、暗殺任務の帰りなんです。…例の、ハニートラップで」

「ああ、オレたち上忍にも話が流れてきたよ。特別上忍になったヨナガの活躍はね。上忍全員が集められる会議が今無いのが幸いだ」

「なぜです?」

「絶対に好奇の視線に晒されるからね。まして暗部のマリアに教わったとなれば」


ヨナガの技術の伸びは凄まじいものがあったと聞いている。実際に「見てて」と言って微笑んだ彼女の妖艶さは本当に年下なのかと疑ってしまうほどだった。いっそ五つくらい年上だと言われた方がしっくりくる。
そんなヨナガも今は、あどけない表情でカカシに寄り添い寝ている。

その様子を見るのが、ネギマはなんだが嬉しいけれど苦しかった。


「特にヨナガの能力については分からないことが多すぎる。今も別段、疲労困憊といった様子ではなかったのにカカシに引きずられるように眠った。」

「確かに、二度目でしたし…急に眠るほどには疲れていなかったように見えます」

「…大婆様へ報告しておくよ。せっかくだから、その後クシナにも会いに行こうか」


ミナトに誘われるまま、ネギマはヨナガに毛布をかけて病室を後にした。






ヨナガは眠っているような、眠っていないような不思議な感覚で漂っていた。
これは夢だという意識があるのに、どうしてか体の感覚が現実的で困る。そして体の中にカカシのチャクラが流れ込んでくるのが分かる。

真っ暗だった視界に、ぽつりぽつりと色が浮かぶ。


「リン…?」

「か、カシ…」


ヨナガの目の前に現れたのは、カカシの千鳥に自ら飛び込み、胸を貫かれているリンだった。周囲には霧隠れの忍たちが居る。
まるでその時間を切り取ったような光景に、ヨナガはリンへ近づいた。

リンは死んだと聞いたけれど、詳しい状況は聞いていなかった。誰がカカシの千鳥に切り裂かれたと思うだろう。そもそもこれは現実の光景なのか、それともヨナガの夢でしかないのか。それもよく分からない。


(リン…)


連れ去られて疲れているにしても、違和感がある。近づいて、振れても、これは夢だから大丈夫だろう。ヨナガはそっとリンの頬に振れた。


<誰…?>

(!?)


静かな声に、ヨナガは驚いた。ヨナガの存在は無かったもののようにして周囲の状況は進んでいる…というよりも、まるで一枚の絵画のように止まっているのに話しかけられた。


<癸ヒウ…では無いようだ>

(私は癸ヨナガ。木ノ葉隠れの忍です)

<なるほど、ではヒウの子孫か>

(あなた様は?)


「様ぁ?」と不可思議そうに、声は言った。何が面白いのかクツクツと笑い、そしてふっと周囲の景色が変わった。
地面と、どこまでも広いただの空間。足が地面についていることは分かるけれど、それだけだった。


<ボクの名は磯撫>

(いそぶ様?)

<た、多分…君が触れている少年にボクのチャクラが残ってるから会話できたんだと思う>

(……でも、カカシ以外のチャクラなんて…)

<癸は初代ヒウの時代から、チャクラの受け渡しに長けているから…ああ、でも時間切れかも>


磯撫と名乗った声は焦ったように言い、その次にはヨナガの周りを優しげなチャクラが取り巻いた。カカシのチャクラをぎざぎざと表現するのなら、磯撫のチャクラであろうこれはヒンヤリすべすべだ。


<リンって子も…カカシって子も悪くないから、話を聞いてあげて>


意識が浮上していくのを感じながら、ヨナガは漂う磯撫のチャクラに手を絡めた。温度は冷たく感じるけれど優しいそれに、リンの名残のような何かを感じた気がした。


(磯撫さま…)

<癸ヒウは人の痛みに敏感だった。先々代のシグレもそうだったって。だから、君も分かってあげて…>

(どうしてリンのことを知っているのですか?)

<……霧隠れに利用されてたから。リンの中に、少しだけ居たから…>


目が覚める直前にうっすら見えたのは、三本の尾を持った隻眼の巨大な亀だった。












2019/06/04 今昔




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