ヨナガが目覚めた時、障子から柔らかく太陽光が入ってきていた。雨戸はきっと、朝早くに廊下側から誰かが開けてくれたのだろう。
眩しくないようにそろそろと瞼を持ち上げると、目の前に綺麗な銀髪が飛び込む。そう言えば、妙に体が温かい。布団ではないなにかにくるまれているような。


「っ!?」


目前にあるものがカカシの顔だと認識すると、ヨナガは思いっきり息を吸い込んだ。顔を半分隠していてもアカデミーのくノ一組からモテるはずだと、妙な納得をしてしまう整った顔立ち。口元のホクロの存在はヨナガも昨夜はじめて知った。

呼吸音でぱちくりと目を動かし始めたカカシは、ヨナガよりも眠りが浅いタイプなのかもしれない。それが先天的な体質なのか、後天的になったものなのかはヨナガに計り知れることではないけれど。


「お、おはよう」

「うん、おはよう」


カカシが起き上がって、ヨナガにももう一組の布団が敷かれているのが見えたけれど、どう考えてもカカシは同じ布団で寝ていた。ぱくぱくと意味もなく口を動かす。


「言っとくけど、ヨナガがオレの服掴んで離さなかったんだ」

「え、そうなの…ごめん」

「別に。ユウタさんも知ってることだし……添い寝、しただけだから」

「…うん」


ヨナガも布団から起き出して六畳間の方へ戻ると、正方形の竹籠に入れられたカカシの服が置いてあり、一晩の間に洗って乾かしてくれたようだった。それをカカシに伝えると、そーっと障子を閉めて、まずは喪服へ着替える。今日はウマイの…ウマイと同時期に亡くなった忍たちのお葬式だ。
それから、自分のお布団から粗方の熱がとれていることを確認すると、二組の布団を畳んでしまった。


「ヨナガ」


障子越しに聞こえたカカシの声に、ヨナガは慌てて六畳間へ戻ると、カカシに喪服を貸すか一度家へ帰るか尋ねた。カカシは自分の家へ戻りたいそうだったので、ヨナガはユウタに朝ごはんだけ二人分を用意してもらうと、一緒にカカシの家へ向かった。
表でカカシが着替え終わるのを待って、同じような喪服になったカカシと一緒に葬儀場へ向かう。

昨夜までは今まで経験したことで頭がいっぱいだったのに、泣いてすっきりしたのかヨナガは少しだけ心が軽いような気持ちだった。どこか足を持ち上げるにも体が軽く感じる。


「ヨナガ、ちょっと待った」


カカシに手をひかれ止まると、カカシは額当てで隠していた左目を、千鳥を教わったあの訓練場の時のように見せた。そして恐ろしいほど綺麗な赤色でヨナガを見つめると、こくりと頷いてみせる。


「この前訓練場で見た時よりも、オレのチャクラの量が多い」

「え…確かに今日は体も軽いけど…」


そもそも触れあった相手のチャクラを取り込む血継限界なのだから、一晩一緒にくっついて寝ていれば、些細な瞬間に触れ合うよりも大量に取り込んでしまったことだろう。
そう、一晩、ずっと、ぺったりと、くっついていたのだから。

ぽっ


「何赤くなってるの」

「別に…」


再び歩き出したカカシに倣ってヨナガも歩き、葬儀の集まりの中へ合流した。また泣きそうになっているリンをネギマが慰めている様子が、少し前の方に見える。ネギマはこちらに気づいたようだったけれど、ヨナガの隣にカカシが居るのを見ると、こちらへ来ることはなかった。




ウマイたちの葬儀からしばし後、ヨナガとネギマは特別上忍に昇格した。
あの拠点を壊滅させたことにより、ネギマは幻術の、ヨナガは水遁の上級者として認められたのだと、周囲は盛り上がっていた。けれど二人にとってそれは他人がつけたレッテルにすぎず、もっともっと強くならなければ。またウマイのように仲間を傷つけ、失ってしまうと更なる高みを目指すきっかけになった。

皮肉なことに、その様子をみた大人たちは若干十三歳、ネギマは十五歳でありながらその直向きな姿勢を持っていることに、またしても評価を高めるのだ。

そして仮にも特別上忍になったヨナガにはひとつの任務が増えた。


「潜入系でしたら、いつもやっていることですが…」

「今回はちと異なるのだが…他に任せられる者が居らぬのでな。こちらとしても断腸の思いではあるが、癸ヨナガ。そなたに任せることになった。」


火影室に立ったヨナガとネギマは火影から直々に任務を言い渡されていた。最近のクシナはすでに行動を共にすることはなく、ミナトと入籍したということだけはミナトから聞いた。
ネギマは不思議がっていただけれど、ヨナガは結婚すれば子供ができる可能性が高まり、人柱力として狙われることを恐れているのだろうと勝手に納得していた。


「と言うのもじゃ、湯隠れの里に暗殺対象がおるのじゃが…如何せん警備が手厚すぎて暗部でも手が届かぬ。」

「それを僕らにやれと?」

「ネギマには援護に入ってもらう。実行の要はヨナガじゃ。なんでも暗殺対象はちと変た…風変わりな趣味を持っているそうじゃ。そこを突く」


火影の護衛らしい暗部のお面をした人から、ヨナガは何枚かセットになった書類を受け取った。ヨナガより少し高い位置にあるネギマの頭も、隣へきて覗き込んでいるのが分かる。
暗殺対象は武器商人。雲隠れの里へ忍具を融通しているという豪商だ。そして備考欄には暗部の人が調べてきたらしい情報がびっちり…とではなく、デデンと大きく書かれている。


「『幼く、しかし美しい女児が好み』?」

「うむ、つまり、ヨナガには色仕掛けをしてもらいたい」

「色仕掛け、ですか…授業で習ったきりですので、暗部の方に今一度手順の確認だけさせていただけませんか?」

「ちょっとヨナガ!これ受けるの?」


ネギマが焦ったように言うけれど、ヨナガはきょとんとして見せた。


「癸として接待の訓練も受けてるから、相手が何を望むのか。ソレを演じきるのは得意だよ」

「演じる分なら僕だって」

「女装はバレたときが怖いよ」


存外に頑固なネギマは、言い始めたらきりがないところもある。美しさという点についてはとくにそうで、今回もきっとヨナガの身を案じてくれているのだろう。
これは説得に時間がかかりそうだと思っていると、暗部の人が「火影さま」と声をかけ、火影はやれやれといったふうにため息をついた。そして暗部の人はしゅるっと音をたててお面をはずす。

ヨナガの胸ぐらを掴むようにしていたネギマが、泣きそうな声で力を抜いた。


「ウマイ…」

「弟と仲良くしてくれて、ありがとうな」


ウマイがあと数年成長していたらこうなっていただろうな、というがっしりしているけれど、精悍な顔つきの男性は、確実にウマイと兄弟だと見た目に訴えかけてくる。


「俺は牛島ハラミ。ウマイは末の弟でな。」

「ウマイに兄弟が居たんですね…」

「あいつは兄弟でも一番口下手だからな。よく家でお喋り上手な班員二人の話をしてくれたぞ。相手を喋らせるプロが居ると言ってな」


悲しげな、懐かしむような顔をしたハラミに、ネギマがぎゅっと下唇をかんでいる。アカデミーからずっと一緒だったというから、兄弟のことを聞かされていなかった事実よりも、兄弟が自分たちのことを知っているという事実が嬉しいのだろう。
ヨナガはすっと視線をハラミに向き直した。


「ハラミさん。暗部の女性から手順を伺うことはできますか?」

「…ありがとう、ウマイが言っていた通り、豪胆だが真面目で任務に忠実。愛情深い性格なんだな」

「え?」

「忍は涙を見せるべからず。」


言われて目元に手をやれば、どうにか堪えているネギマなんかよりもずっと、ヨナガの目元には涙が溢れていた。




三日間。ヨナガは暗殺手順を暗部の女性と一緒に考え、そしてアカデミーの復習と、授業では教えてくれない実践でもコツを教わった。教えてくれた暗部の女性は最後の発破にと、「帰ってきたら私も名前と顔を教えてあげるから、友達になりましょう」と言ってくれた。
もともと、お酒の席で舞うことも、お酌をすることもある癸一座の人間なのだから当然かもしれない。けれど、ヨナガの色仕掛けの技術がたった三日でぐんぐんと成長したのは、生まれ持った才能と、それから里のためという意識からだっただろう。

初めての色仕掛けの任務前にカカシやリンに会いたいと思ったけれど、決心が揺らぎそうで諦めた。暗部の女性は、色仕掛けの任務で純潔を失う可能性をよくよく知っていたし、ヨナガにも嫌になるほど教えてくれたからだ。

せめてもと、ヨナガは移動中は当然ながら、潜入中もずっと懐に贈り物の口布を仕舞っておいた。
湯隠れは有名な温泉地で、観光地も多い。雲隠れから霜隠れを挟んで木ノ葉側にあるそこは、きっと武器商人にとっても良い場所だったのだろう。偶然にも癸一座の二軍「つぼみ組」が公演にきていた。


「さて、観光客を装って頑張っておいで。僕はここに居る間は君の姉として振る舞うからね」

「うん。頑張ろうね」


つぼみ組の公演を、鼻の下を人外か?と聞きたくなるほどのばして見ている男性。確かに顔立ちは良いけれど、体のどこにも傷がない。忍のそれとは違う柔らかそうな手にキセルを持っている。
ヨナガは昔癸で買ったあの香水を身に着けて、その男の近くでつぼみ組を見る。


「お姉ちゃん、あの真ん中で踊ってる子、可愛いね!」

「うん。でも、ツキコの方が可愛いよ。」

「そ、そうかな?私もあれ、似合うかな?お姉ちゃんの方が似合いそうだけど…」


きゃっきゃと本当に女同士のように話していると、すぐ近くにいた暗殺対象がよってきた。簡単なものである。
男は「こんにちは」と声をかけてきながら、ヨナガの腰へ手を回してくる。気持ち悪い。


「こんにちは、お兄さんも観光の方ですか?」

「ああ、そうさ。君達は姉妹で遊びに来たのかい?」

「はい、癸の踊りが見てみたくって」

「お嬢ちゃんは可愛いからきっとよく似合う…もしよかったら、お兄さんが可愛いお洋服を着せてあげよう」

「いいんですか?お兄さん優しいのね!」


癸の路上での演技が終わると、ヨナガだけを引き連れて男は高級宿屋へと入っていく。ネギマは上手く離脱できると思ったのか、「いってらっしゃーい」と手を振っていた。きっと暗殺対象の護衛がネギマを見なくなってから帰るのだろう。
そのあたりの女の子をひっかけるのはいつものことなのか、呆れたような護衛たちはすぐに宿屋の方へ来た。

ヨナガに様々な着物を着せて楽しみ、そして少しだけお化粧をさせて、夕飯にはお酌をさせて楽しんでいた。途中でヨナガは気づいたのだけれど、存外素人のように振る舞うのは難しいものだった。
男はすっかりヨナガが気に入っていたのか、お酌の量を少なすぎたり多すぎたり、ちょっとドジな風に振る舞えば、可愛いやつめと優しくしてくれた。

その日は隣の布団で寝かされて、翌日は同じ布団で寝かされた。ここまでは暗部の人が調べていたのと同じだ。すっかり優しいお兄さんに懐いた少女を抱くのが趣味だという男は、三日目の夜、お酒をある程度楽しむと護衛をどこかへ下がらせた。


「ツキコ、今日もお兄さんと一緒に寝ようか」

「はい、私、お兄さんと寝ると、暖かくて安心します」


ふわりと。見た人がうっとり蕩けるだろう笑顔を作って、ヨナガは男へしなだれかかった。一瞬脳裏にカカシの顔がよぎるけれど、任務だからとどこかへ押しやる。


案の定ヨナガを抱こうとした男が、同世代にしては成熟しているヨナガの胸に夢中でしゃぶりついている間に、ヨナガが首に刺した千本。胸元に塗ってあったしびれ薬、そして屋根裏からネギマが投げたクナイで絶命した。

特別上忍になったヨナガは、水遁だけでなく色仕掛け(ハニートラップ)のプロとしても、里内で名が売れることになる。










2019/06/04 今昔




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