ヨナガとカカシは二人で訓練場へ来ていた。本来ならふたりとも非番の日だけれど、約束通りにカカシの千鳥改良と、ヨナガがカカシのチャクラを使うための練習をしにきたのだけれど、生憎とはかどっているとは言えない。


「肉体活性と突きでしょ?」

「そう、もう一回やってみなよ」

「うん…」


きっとヨナガがカカシのチャクラを使いこなせれば、できる技のはばが広がるということで、まずはヨナガ側の特訓をしているのだが


「痛っ!!」


バチチと大きな音と共に、ヨナガの右腕からチャクラが去っていった。
右手だけチャクラを活性化させることもできたのだけれど、それを千鳥という技になるほど維持できないのだ。


「ヨナガのチャクラ性質が水や土寄りだからっていう理由でもなさそうだし、他の理由か」

「ねえ、カカシ…写輪眼で見てもなにか分からないかな?」


ヨナガがふと思いつきに言うと、カカシは気まずげに視線をずらし、額当てに手を当てた。やはりオビトのことを思うと使いづらさも感じるのだろうか。


「そもそも、チャクラの巡る向きは調べたことあるわけ?」

「ある、今その向きで駄目」


言い返すとカカシはゆっくりと額当てを持ち上げた。
真っ赤なオビトの目がこちらを見つめ、動かないでと言い残して左へ、後ろへ、右へ、そして前へと戻ってくる。
そしてひとつ、こくりと頷いた。


「ヨナガのチャクラは癸のトレードカラーなのか、青系統の色で見える」

「へえ。まあ水遁と土遁の一族だもんね」

「で、それに少し被せるように白というか黄色というか…違う色が見える。他の忍を見てみた時にはひとつしか見えなかったチャクラの流れが、ふたつある」

「それがカカシのチャクラ?」

「ま、多分そうでしょーよ。で、それが左側に寄ってる。」


ヨナガは今まで千鳥をしようとしていたのとは逆の、左手を見る。体に満遍なく流れる自分の生命エネルギー。そして左側にだけ偏って存在するカカシのチャクラ。
つまる話、体と精神のエネルギーを綺麗にまとめようとすると上手くいかないのなら、


「左よせ?」


印を組んで、千鳥を使う。
バチチ!と雷のような音が響き、そのままチチチ…と左手にチャクラが維持される。おお!と目を見開くと、目の前に戻ってきていたカカシも驚いたようにヨナガの左手を直視していた。
カカシほどのチャクラ量は無いけれど、これは成功と言えるだろう。とはいえカカシの視線に、ヨナガはなんだか恥ずかしいようないたたまれない気持ちになってしまい、早々に千鳥を止めた。


「なるほど、コツがわかったから、多分使えると思う」

「流石、アカデミーの優等生」

「カカシに言われても嬉しくないよ、アカデミーの優等生さん」






ヨナガが千鳥を一応は成功させたころ。
もはや元がつきそうなクシナ班の中忍三人組には、そこそこ難しい任務ばかりが入ってくるようになっていた。神無毘橋の戦いで戦況が好転したとはいえ、戦力不足は解消されたわけではないのだから。
カカシと共に前線へ出たネギマは、同世代の中では頭一つ飛び出ていると評価されたこともある。勿論ヨナガやウマイが中忍にしては、という範囲で強くなったこともある。
幻術使いがいるためか、暗殺任務や偵察系の任務が多いように感じられた。


「さて、どこから攻めようか」


ヨナガたち三人は、今回岩隠れの拠点をひとつ潰す任務を請け負っていた。
司令塔役をこなすことが多いネギマの呟きに、ウマイが周囲を警戒しながらも視線をちらっと岩隠れの拠点へ向ける。


「運良く風下から来たから、このまま起爆札でも貼り付けてどうにかしたいところだな」

「芸術的に美しく、爆発させようか!」

「芸術は爆発派…?」

「一瞬の散り際が美しい。桜と同じさ」


ヨナガはふと視線の先で揺れた葉っぱに、顔をぐるっとひねった。動いた場所から鳥が飛び立つことはない。


「ネギマ、今木が揺れた」

「バレたかな?移動しよう」


夕暮れの視界の悪さを気にすることなく、ネギマを先頭に三人は拠点へと近づいた。
森を抜けた先にある開けた場所に、テントを連ねた拠点が立ち並ぶ。ひとつだけ木造建築物があるので、恐らくはあれがもともとあった建物で、その周りを利用して拠点にした急ごしらえのものなのだろう。
であれば、この場所を潰すことで岩隠れの立て直しを邪魔することができる。


「よし、火遁のコントロールはウマイに任せるとして、僕とヨナガでこれを貼ろう」


拠点に近づいた樹上で、ネギマは懐から普段使うものとは違う札を取り出した。見た目は起爆札だが、模様が少し違うような気がする。


「それは?」

「改良起爆札。僕の父作。遠隔でチャクラを流すことで、ここに振ってある数字順に爆破することができる」

「なるほど。意識をあっちこっちへ振ることもできるのね」

「そういうこと。ってことで、ウマイもこの近くだけ貼って、あとは退路方面を探知していてくれ」

「おう」


ヨナガはネギマから半分の改良起爆札をもらうと、貼る位置を確認してから左回りに走り出した。
人々の視線の隙間を狙って、拠点内の各所に起爆札を貼って回る。

しばらくして元の場所へ戻ってくると、ウマイが見当たらない。渡された札の数は一番少ないはずだし、まさか場所を間違えることもないだろう。少ししてネギマも戻ってきたので、ヨナガが場所を間違えているわけでもなさそうだ。


「ウマイが居な…」


ネギマがなにか言おうとした時、森側からの気配に二人はばっと同時に振り返った。
背の低い木々が揺れて、ぬっとウマイの顔が飛び出てくる。うつろな目をして、口から血を流すウマイは、どう見ても生きているようには見えない。

かといって、自分たちが幻覚をかけられている様子はない。


「私が応戦する!札を!」

「わかった!」


ヨナガは癸の脇差を振り抜いて片手で印を組んだ。


「秘術・水衣」


毒性の強い水をまとった脇差で、ウマイを持っていた誰かに斬りかかる。
不思議な面を被った人がヨナガの剣をクナイで受け止めて流し、ヨナガは鉄製の鞘も使って攻め立てる。背後で爆発音が聞こえたので、ネギマが上手く起爆してくれたことはわかった。ついでに口寄せされたらしいネギマの鳥が飛んでいったので、里へ情報連絡もしてくれたようだ。


「こいつら岩の暗部だよ!」

「っ!暗部って…」


身長はネギマとさほど変わらないし、時折聞こえる声も自分たちと年齢が離れているようには感じられない。
年齢は分からないけれど、ひとまず相手は思ったより強くない。剣戟でなら勝てそうだ。ヨナガが最後の一撃とばかりに振り下ろすと、

ギン

もうひとり面の忍が現れてヨナガの脇差を弾いた。新手は先に居た方を背中で庇いながら、左手でヨナガの攻撃をはじいて、右手で攻撃準備をしているのが分かる。
相手の右手とクナイが突っ込んでくるので右半身を引いて避ける。そのまま、左手の鞘は一旦地面へ落とし、チャクラを練る。

そう、この距離なら。


(千鳥!)


左手を全力で前方へ突き出す。
血が左腕に伝い、バチバチとはぜていたチャクラが消える。ずるずると引き抜けば、面の忍二人は地面へ倒れた。手前の新手は息絶えたようだが、奥側の先に居た忍はかろうじて生きているような息遣いに聞こえる。
二人の面が落ちて顔が現れた時、ヨナガは息を呑んだ。


(私と、変わんない)


下手をすれば、先に居た方はヨナガよりも年下かもしれないくらい、十歳かそこらに、幼く見えた。

敵のことより、味方のことだ。千鳥は成功したし、この至近距離ならヨナガの身体能力でもしっかり当てることができることが分かったし、戦果としては上々だ。
左手を大きく振って血を払うと、ヨナガは表情筋のちからを頑張って抜き、ネギマを見た。


「ヨナガ……」

「ウマイを連れて帰ろう」


ネギマが頷いてウマイを抱き上げようとすると、びゅんと森側からクナイが数本飛んできた。


「くっそ!!フォーマンセル!敵の新手だ」


ネギマはウマイの額当てをひったくると、ヨナガの肘を引いて、恐らく敵とは違う方向へ走ってくれた。
樹上を器用に進んでいくことで、足跡や枝の変化を残さぬよう注意を払って里へ向かう。

前方でネギマの持っている額当てが揺れる。


「どうしよう…どうしよう!!」

「落ち着けヨナガ!」

「ウマイが…私がもっと早く戻ってれば!」

「ヨナガはよくやった。先輩であるはずの僕よりも同じ距離を早く行き来できた」


ネギマは振り返らずに言い切った。握っていたネギマの手は、ヨナガの肘からするりと手へ移動する。ぎゅっと握られて痛いほどだったけれど、頬にあたった水滴に何も言えなかった。


「僕だって…ウマイを助けたかった!!僕がもっと戦闘向きの体格なら!!能力なら!!」

「ネギマ…ネギマの取り柄は頭脳でしょう」

「だったら…っ……ヨナガも嘆くな。僕らクシナ班は全力を尽くした。その結果がこれだ。ウマイだって弱くなかった。でも今は…戦争だから」


それきり無言になったネギマに手をひかれたまま、ヨナガは阿吽の門をくぐることになっった。
ネギマの連絡を受けていた暗部の人たちが丁度、里の塀を超えて出てきたところで、ヨナガとネギマは「お願いします」と声をかけた。
しっかりした体格は大人のもので、彼らはそれぞれに了承のハンドサインやうなずきを返してくれた。


任務で大人を殺してしまったことはあった。大人に殺されそうになったこともあった。
けれど、子供と殺し合ったのははじめてのことで、頭のなかがもうめちゃくちゃだった。

そして何より、カカシと訓練していなければ、もしかしたら今自分はここには居ないかもしれないと思うと、無性にカカシに会いたくなった。









2019/05/30 今昔




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