オビトの葬儀を終えると、忍専用の共同墓地から人が徐々に減っていく。同期であったメンバーも辛そうだけれど、それでもミナト班とクシナ班を気遣う言葉をかけて去っていく。
「オビト、ありがとう」
ヨナガが地面に埋まった墓石の前で言うと、こらえきれなくなったようにリンが嗚咽した。漏れ出そうだった声が、ダムが決壊したような勢いで飛び出してくる。
「ごめんなさい!!私が、私が岩隠れの忍に捕まらなければ!ヨナガだって…あんな目に……」
ごめんなさい、ごめんなさい。
誰に言うでもなく続けるリンに、ヨナガはお腹に両手を当てた。
確かにあの日振れられた場所が気持ち悪い。どれだけお風呂で洗っても治らない。それに髪の毛だってだいぶ短くなってしまったので、あそこまで戻るのにどれほどかかるだろう。癸の芸人としては致命的な髪の毛の長さだ。
どうやったらこの肉体に刻まれた不快感が抜けるのだろう。
泣くリンに無言のヨナガをただただ、カカシたち男子三人はひたすら待っていてくれた。頭をなでたネギマにすがるように泣くリンを見ていると、逆にこちらは冷静になれる。冷静になるからこそ、肉体の不快感がひどい。
フワッ
どこからか瞬身の術で、クシナが戻ってきた。表情は決して明るくない。
「ヨナガ。火影室へ呼び出しよ。」
「…はい」
すぐにまた瞬身の術で消えたクシナを追うように、ヨナガもまた瞬身の術で移動した。飛び切る瞬間、視界の隅でリンが手を伸ばしたような気がした。
リンは伸ばした手の先で消えたヨナガに、それでも言わずにはいられなかった。
「待って!」
あの日、ヨナガに変なことで対抗心を燃やしていなければ。意識をもっと任務へ向けられていれば、オビトは死ななかったかもしれない。ヨナガはあんなことをされずにすんだかもしれない。
そう思わずには居られなくて、弱い自分が嫌いになりそうだった。
伸ばした指先に、ヨナガのチャクラが触れたのか、少しだけ濡れている。
「リンちゃん、家まで送るよ。」
ネギマが言って手を取ってくれるのを拒まず、リンは促されるまま素直に歩き始めた。カカシの前なのにだとか、そういったことを言う気にはなれなかった。
同じ班でないとは言え、ネギマやウマイだって辛いはずなのだから。それでも自分を気遣ってくれるのが嬉しくもあり、もうしわけなくもあった。
「ネギマさん…私、ヨナガに謝りたいんです」
「…うーん、ヨナガ素直じゃないからなあ。時間がかかっても許してあげて。」
保護者のような発言に、リンは苦笑いした。
「ほら、せめてそうやって笑ってる方が良いよ、リンちゃん。あと僕みたいな男の手は断っても良いんだよ」
「え…?」
「好いてくれた人や、好いている人のことを思って断るのも美しい勇気だ」
リンはその言葉にようやくひっこみそうだった涙が復活してきて、後ろから付いてくるウマイの手もとって言った。
「ありがとう、私もみんなを守れるように頑張るから…!」
ネギマとウマイが微笑んでくれたのがわかった。
まずはヨナガに謝って、気持ちをきちんと伝えて。そして、オビトが守りたかったものを守るために、自分のちからで歩かなくては。
ヨナガは火影室の前でクシナと並ぶと、コンコンとノックした。「入れ」というヒルゼンの声に二人は入室した。
「火影様、お呼びですか」
「うむ。任務…ではなく、癸ヨナガ、お前さんの意思確認をしておきたくてな」
「意志?」
ヒルゼンはおじいちゃんと言われても良いだろう顔の皺をくしゃっとさせて、ヨナガに微笑んだ。里の者は全て家族と言い切るだけあって、包み込むような暖かさのある人だ。
「同盟国である砂隠れが、うちはか癸の血を引く者を寄越せとたくらんでいるという情報が入った。」
「…瞳力の研究がしたいと思うのは当然かと思います。」
「そうではないようじゃ。勿論瞳力が欲しいということもあるじゃろうが、砂隠れは一尾を従える里。その制御のために何やら企んでいるのではないかという報告があがってきた」
ヨナガはまさか癸に砂隠れへ慰労訪問しろとでも言うつもりなのだろうか。
「クシナ、癸当主の夫、コヅチについてはどこまで知っておる」
「いえ…昔忍であったことくらいしか。あとは癸当主である奥様とよく町中でデートしてるとか…」
なんちゅう恥ずかしいエピソード持ってるんだ。
ヨナガは内心で頭を抱えて床を転がりまわった。
「ふむ。では改めて伝えておこう。癸コヅチは嫁の姓を名乗っているが、元はうちはの人間だ。」
「えっ?そうなの…?」
確かめるようにこちらを見下ろすクシナに、ヨナガは頷いた。警務部隊だった父が祭りで母に惚れ込んで結婚した話は、大婆様から愚痴のように聞かされて育った。
「つまりじゃ、ヨナガを狙う輩が現れる可能性もある。十分に注意するのだぞ」
「…はい。生きて捕まるようなことはないようにしますね」
「死して帰ることもないように、の」
然るべき時に死にますと言う意味は、あっという間に釘を刺されてしまった。
今日のところ話はそれだけだと言うヒルゼンの前から去り、ヨナガはクシナと別れてもう一度集合墓地へと向かった。そこにオビトが眠っているわけではないけれど、語りかけるには絶好の場所だ。
実はうちはの血を引きながら写輪眼を持っていなかったのは私も同じなんだよ、と。癸のことで手一杯だったけれど、私も一緒に開眼できるように頑張ってたら、あの戦闘はなにか違ったかな。そんな意味のないことを言いたかった。
集合墓地へ入ると、見慣れた銀髪が夕日に照らされていた。
「カカシ」
「……」
顔をあげたカカシは、やはり少し硬い顔をしている。
隣に並んで立つと、身長差がはっきりと分かる。アカデミーの頃は身長差なんて気にしたこともなかったのに、卒業してほんの数十ヶ月でこんなにも差が出るのだろうか。
「オレは…ルールや掟を守るのが最優先だと思ってた。」
「うん、それは大事なことだし正解だと思うよ」
「でも、違った。仲間を守るのが大切なんだって、オビトに言われた。…白い牙は英雄だって」
そうか、そんなことを言ってカカシと二人で助けに来てくれたのか。
墓石に刻まれた名前に目を落とすと、オビトらしくて微笑んでしまった。里の皆が大好きなオビトらしい発言だ。
「ルールを守るのはあくまでも優先ってだけでしょう?だから、私たちはもっと強くなって、ルールを守りつつ仲間を失わないようになりたいね」
「ああ。」
カカシが額当てで隠れていた左目を開けた。綺麗な赤色のそれには、勾玉のような形がふたつ浮かんでいる。近距離で見ると、カカシ本来の黒い目も、オビトの赤い目もきらきら輝いて見えた。
「オビトが守りたかったリンを、里を、代わりにオレが守る」
「うん。」
リンを守る。
ちくりと心臓が痛い。掟で縛られているだけのヨナガと、遺志をついで守ることになるリン。少しだけリンが羨ましいような気がして、そんな自分がイヤになる。
「だからヨナガ、オレの特訓につきあってよ」
「勿論。約束したでしょ。それに写輪眼があればあの技も使えるようになると思うし。」
「それと、思いついたことがあるんだ」
「何?」
「ヨナガもあの技…『千鳥』が使えたら、もっと技の選択肢が広がるんじゃないかって」
ヨナガの水遁にカカシの雷遁を流すというのは想定していた答えだったけれど、それは盲点だった。あの中忍試験のように上手くいけば、ヨナガだって雷遁が使えるはずで、そうすればあの強力な技をカウンターに使うこともできるかもしれない。
「そうだね。一緒に頑張ろ」
ひとまず。
今はひとまず、カカシと共に一緒に居られるのが一番で。オビトの夢を二人で叶えてみせるのが一番で。それで良い気がした。
2019/05/29 今昔
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