ヨナガたちの四人一組は竹林を抜け、道中でいくつか敵の罠を発見することで、ある程度の知識を備えることに成功した。
というのも、歩きに変更していた時に、突然オビトが消えたのだ。

カカシの指示で前方中心にカカシ、左右のやや後方にオビトとリン。後方にヨナガの順で進んでいたところ、途中でオビトがふっと消えたのだ。


「オビト!」


ヨナガが慌てて駆け寄りながら水遁を使うと、苦しげにもがくオビトを捕まえることに成功した。
呼び出した水を球状にして対象を捕まえる。なんとまあ便利に動くものだと自分でも驚いてしまった。


「すごい…これ……ヨナガの水遁で浮いてるの?」


リンがぽかんとした顔で水を突くと、そこから水はやぶれて消えた。外から触られても大丈夫なように、里へ戻ったら研究を重ねたほうが良さそうだ。
カカシも寄ってきてオビトが消えた場所を覗き込んで居る。


「オビト、ヨナガが後方担当で良かったな。下を見てみろ」


四人がカカシが見ていた穴を覗き込むと、下にはわんさかと竹槍が覗いていた。


「ひえええ!」


そこから更に進み、湖の上を歩いていると、ふと気配がしてヨナガは思わず立ち止まった。カカシも一瞬遅れて歩みをとめる。ヨナガは慌ててリンとの距離を取り直してつめた。
空から降ってきた竹槍をオビトが豪火球の術で焼き払うと、途端今度は気配が後ろに移動した。

ヨナガが水遁を使おうと振り返りながら水球を放つと、そこに現れた忍は瞬時に狙いをヨナガの後ろへずらした。


(まずい!)


リンは医療忍者だ。他の三人よりも体術も忍術も劣っている。というよりも、医療に特化したからこそ訓練量の問題で不得手なはずだ。
横から張り手されて捕らえられたリンに、敵との間に滑り込ませるように手刀を入れて、無理やりリンを取り戻す。


「嬢ちゃんやるなあ」


敵の言葉にリアクションを取らず、リンを逃さなくては。
そう思ったのもつかの間、相手の腕力にものをいわせた拳に頬を張られる。


「ヨナガ!!」


リンの悲鳴にカカシとオビトが振り返ったが、両腕にリンとヨナガを抱えた敵はもうひとり前方から来ていた敵と合流するとドロンと移動術を使ってしまった。


ヨナガたちは術でどこかの洞窟へと連れ込まれたようで、薄暗い地面に転がされた。二人しかいないことを考えると、相手は三人一組で動いていて、偵察中だった敵を昨日倒してしまった、ということだろう。
リンがどれほど拷問や幻術に耐性があるか分からない。となれば、ここはヨナガがある程度の情報を見せつつうまく自分だけが拷問されるしかなくなりそうだ、と腹を決める。


「あなた方、こっちの作戦を知りたいのでしょう?」

「嬢ちゃん、お前もう諦めたのか。木ノ葉のガキはちょろいな」

「違います。私は良い。でももうひとりの、そっちの茶髪の子は医療忍者よ。拷問で痛めつけるのはオススメしないわ」


リンが驚いたように目を見開いてこちらを見る。仲違いしているから、かばわないと思ったのだろうか。
岩の忍たちは目線で会話すると、さっそく色素の薄い髪をした男性の足がヨナガの腹へ食い込んできた。


「っぐ」

「なるほど、やれるもんなら自分から情報を引き出せって…喧嘩売ってるってことだよな?あ?」


ここは、小生意気でいじめ甲斐のあるガキンチョを演じて、リンの肉体的ダメージをへらすしかない。演技なら、まかせろ。


「そうですね!私の髪色と刀から所属が分かるはずですが…あなた方観察眼無いようですし、私の人質としての価値が分からないなら、どうぞご自由に!肉体的も精神的も、性的なものでも私をいじめてみたら良い!」

「駄目よ!ヨナガは…」


名前を呼ばれて内心舌打ちしそうになったけれど、まあここから生きて帰れる保証もなければ暗部でもないので下の名前がバレたくらいどうってことはないだろう。
今度は話題にあげた髪の毛を鷲掴みにされる。


「その脇差…家紋から見て癸の一族か!上物だぞ…岩隠れにもお前たちのファンは多い。抜け落ちてた髪の毛が高値で行き交う。」


まさかと、ヨナガの頭によぎった内容は現実になりそうだった。
色素のうすいやつがクナイを取り出し、ざくざくとヨナガの髪の毛を切り落としていく。


「髪の毛を売りさばいたうえで、岩隠れの慰み者にしてやるよ!」


次は黒髪の岩隠れのつま先が綺麗に頬へ入る。首が大きく振れて痛い。
そのまま顎下を蹴り上げられる。その瞬間を狙って一瞬だけチャクラでカバーする。勿論アゴだけだなんて器用なことはできないので、顔面全体をカバーすることにした。

けれどカバーできないものもある。
男の手は服の上から股間へ触れてくる。ゾワリと、気持ちの悪い感覚が背筋を登ってきた。こればかりはチャクラでどうこうできるものではない。誰にも触られたことのない場所のせいか、はじめての感覚に寒気すらする。

けれどこれで黒髪の方はヨナガをいたぶり、色素のうすいやつは周囲の探知に回ったようで、リンは無事だ。

しばらく殴る蹴る、クナイで切り裂かれるを続けていると、ふと外に気配を感じた。このチャクラの感じは自分の体内のものとは違う。多分オビトだろう。


(そうだ、カカシは多分、助けに来てくれない)


ルールを遵守する彼のことだから、きっと任務を遂行するはずだ。二人が医療忍者であり癸である以上そう簡単に殺されはしないと踏んで。けれどオビトがこちらへ来たということは、カカシが一人になってしまったということだ。


(カカシ…)


体内のチャクラが、どぷんと移動したような感覚にヨナガの意識は繰り返される肉体的なイジメへと戻った。


「オレが片付けてくる…その間にお前はその癸からさっさと情報を聞き出しておけ。見るに耐えかねてお友達のほうが口を割るかもしれないからな」


色素のうすい方が消えると、黒髪の方は楽しげに微笑んだ。


「だ、そうだ。お前が耐えかねるか、あっちの女の子が口を割るか。どっちが裏切り者になる?」


ずるい聞き方だ。決してヨナガへの手は止めないと宣言したようなもので、リンの心が弱ければ口を割ってしまう。それだけは避けなくては。
短くなった髪の毛を掴んで無理やり顔を上げられて、ヨナガは絶句した。

リンが、歯を食いしばって泣いている。けれど瞳は強く光っていて、こちらの意志を汲んでくれているのが見て分かる。


「あーあ。まあ殴りながら幻術くらいならできるか」

「やめて!」

「っ!!」


リンががくりとうなだれ、いやいやと小さく頭を振る。幻術が決まってしまったらしい。


「さーて、あの子の幻術止めてほしければ、早く口を割れ」


男の手が胸に伸びてくる。ぎゅっと掴まれた衝撃で顔を歪めてしまい、負けたような気になる。そのまま布の隙間から入ってくる手に、嫌悪感で鳥肌がたつ。


「無理よ。私たちだって末端ながら忍だもの。」


冷静になりたくて言った一言に、弄(まさぐ)っていた男の手が一気に引き抜かれ、


「意外にしぶといやつらだ」


何度めか分からない鳩尾への蹴りに、胃袋から何かがこみ上げてくる。


「情報の大切さは知ってるもの。」

「仲間の大切さは知らないみたいだな」


これは流石に、肉体の限界かもしれない。いつもウマイの組み手がいかに手加減してくれていたかが分かる。男女差でこんなにも肉体的な差ができるのはずるい。

ああ、もう諦めてしまいたい。
そう弱音がよぎった時、入り口から現れたふたつの影に、ヨナガは涙がこぼれた。


「知ってるからこそ、待ってたのよ」


左目を負傷しているらしいカカシと、赤く光る瞳のオビト。
土壇場に追い込まれて写輪眼を開眼したらしいオビトに、ヨナガはほっとした。これでオビトはいろんなシガラミから抜け出せるかもしれない。ここで格好良くリンを救い出せば、惚れ直してもらえるかもしれない。


「どいつもこいつもだらしねぇ…」

「リンのチャクラの流れが荒れてる…オレやお前のチャクラの動きと違うぞ…」

「恐らくリンは幻術にかけられてる。ヨナガは肉体的に…すぐにでも情報を聞き出そうとしたんだ」


冷静なカカシとオビトに、ヨナガは縄抜けの術を試みた。自分がどうにかしてリンを守らなくてはという状況を脱した以上、試す価値はある。
えいっと思い切ってやってみれば、案外簡単に抜け出すことができた。敵の束縛から逃げ出すのは初めてのことだったけれど、どうやら上手くいったようだ。


「カカシ、オビト!その人早いうえに仕込み刀がある!」

「オウ!」


オビトの返事にヨナガも立ち上がろうとするが、全身クナイで傷つけられたせいか、フラフラとして足取りが心もとない。辛うじてリンのそばへいくと、右手で印を結んで幻術を解いた。


「カカシ…オビト…!ヨナガも!!私のせいで!さらわれたし、あんなこと…」

「リン!」


黒髪の忍を見事なコンビネーションで切り伏せた二人が駆け寄ってくる。オビトもいつもならスキップでもしていそうなところだが、今はただただリンを心配する心が勝っているようで、まさに飛ぶように駆けてきた。


「助けに来たぞリン!もう大丈夫だ」

「ヨナガもどうにか無事か…」

「ヨナガが私を庇って、一緒に攫われて…幻術もついさっきかけられたばかりだから大丈夫。それより…」


気遣うようにこちらを見るリンに、ヨナガはぜえぜえと息をしながら斬り伏せられた男に目を向けた。多分、まだ死んでない。


「気を抜かないで」

「その通りだぜ…」


男は土遁の印を組んで手を地面へ突き立てた。
途端、洞窟だと思っていた頭上から岩が降ってくる。もかしたら岩隠れというだけあって、自分たちで作った洞窟だったのかもしれない。


「みんな出口へ走れ!」


カカシの声にどうにか立ち上がると、カカシの右手に左手を捕まれ走り出した。頭上からの岩を避けようと手を離した瞬間、ヨナガと反対方向からの岩にカカシが打たれる。
ガッと小気味よすぎる音に、けれどヨナガの場所からは戻ることが出来ない。


「「カカシ!」」

「くっ!」


リンも咄嗟に戻れず、オビトだけが駆け戻る。


「オビト!!」


オビトはヨナガの呼びかけをどう受け取ったのか、ヨナガの方へとカカシを投げる。思わず受け取るようにクッションになると、オビトの上へ降ってくる岩がスローモーションのように見えた。

完全に崩壊した洞窟に生き埋めにならなかったのは奇跡だと思う。
ヨナガとカカシとリンが砂埃が収まったころに目を開くと、目の前に信じたくない光景が広がっていた。

横たわるオビトは左半身しか見えない。


「大丈夫か…リン、ヨナガ……カカシ」

「オビト!!」


大きな岩の下敷きになっているオビトの右半身がどうなっているかなんて、考えたくもなかった。
リンをまっすぐに好いている、素直な子。一つ年下で性格もあいまって弟のような子。リンへの思いを伝えそこねたあの日に感じた共感。

飛び跳ねるように起き上がったカカシは岩をどかそうと試みているが、ヨナガが手伝ったところで動かせそうにない。


「くそ!!」

「やめろ…いいんだ…カカシ。オレは…もうダメみたいだ」

「オビト…冗談……じゃないんだね?」


泣きそうになりながらヨタヨタとオビトへ近づくと、にへらと力なく微笑みを向けられる。


「体の右側はほとんどつぶれちまって……感覚すら…無ぇ…」

「…イヤ……そんな……どうして」


気管支もやられたのか咳き込んで血を吐いたオビトに、リンも駆け寄ってくる。向けられた好意に気づいていたのだろうことは、横顔で察せられた。
ドンと、カカシが地面を叩く音もどこか遠くに聞こえる。


「オレが…オレが初めからお前の言う通りに一緒に二人を助けに来てたら…こんな事にはならなかったんだ!」


やはり、カカシは任務を遂行しようとしてくれていたらしい。けれどそれでこそ、ヨナガがリンと共に囚われた甲斐があったというものだ。


「何が隊長だ!何が上忍だ…!」

「…tね…そう…いや…忘れてたぜ…」


悔しがるカカシに、オビトの左腕が震えながら持ち上がる。


「オレ…だけ…お前に…上忍祝いのプレゼント…やってなかったな……カカシ」


顔へ向かうその手に、ヨナガは気づいた。あの圧倒的な動体視力か瞳力が必要なカカシの新技。そして、リンという優秀な医療忍者。


「オビト…あなたもしかして…」

「そうだ…今…思いついたんだ。何…安心しろ…役にたたない…余計なもんじゃない」


ヨナガは耐えきれず、演技でなく思いっきり顔をしかめた。


「この…オレの写輪眼を…やるからよ」


リンと、カカシのときが止まったようだった。


「里の奴らが…何て言おうと……お前は立派な上忍だ…それが…オレの気持ちだ…受け取ってくれ…」


自分の体の一部を…死を受け入れて友人に、それも今までライバル視していた相手に受け渡すだなんて。どれほどまっすぐな子なのだろう。
ヨナガは震える手でリンとカカシの腕を掴んだ。


「リン、カカシ、こっちへ。リンなら、眼軸ごとカカシに移植できるでしょ?私が水遁で消毒や繊細な肉体の維持を手伝う」


ヨナガの言葉にリンもこぼしていた涙を強く拭うと、オビトの手を握った。


「…オレはもう…死ぬ……けど…お前の目になって…これから先をみてやるからよ…」


オビトが生きているうちに、写輪眼の間に摘出しなくてはならない。
リンの、生まれてはじめての緊急手術がはじまった。










2019/05/29 今昔




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