みっしりと木々が生える国境近辺の森は、木ノ葉で普段見る森とは全体的に雰囲気が違う。
松のあちこちから巨大なキノコが生えていて、知らずしらず毒物に触れてしまいそうで怖いなと、若干的外れな不安さえも覚えた。

先頭はカカシ、直後にオビト、その後ろは二列縦隊で続いていく。森に少し入ったところで、カカシのハンドサインで全員が止まった。敵の気配を察知したのだろうその俊敏な動きに、ヨナガも即座に地面に手を当てた。
振動で敵の数を探るヨナガの横へ来たミナトに「約二十です」と答えると、ひとつ満足げに頷いてくれる。


「気をつけなねみんな…恐らく影分身の術だけどね。」

「先生…オレが突っ込みます、援護してください」


右手をそわそわさせるカカシに、ヨナガが合格した中忍試験の頃から考えていたらしい術を試すつもりなのだろうと推察された。初披露するには早いような気がして、ひとまず落ち着いてという意味も込めて、左手でカカシの右手にふれる。


「ヨナガの言いたい通りだ。やっぱり君がバックアップしなさい」

「…先生、今日はオレが隊長でしょ!丁度開発中の新技を試してみたいんです」


ヨナガの手を丁寧にどかしたカカシが印を組むと、右手のチャクラが活性化されていく。ぱちぱちと雷のようなそれは、ヨナガも日々体内で感じているカカシのチャクライメージを具現したような技だ。
手を前へ出して制するミナトに、チチチチ…音をさせたままでカカシが言う。


「大勢の敵が居ても、この術なら一瞬でやれます。先生の通り名と同じですよ…それに…先生…アナタが言ったんです。今隊長はオレです。」

「カカシ…」

「ヨナガも、大丈夫。隊長命令に従うのがルールでしょ…先生!」


作戦を立てるべきと引き止めたかったヨナガに反して、ミナトは手を引いてカカシをいかせてしまった。

凄まじい勢いで土が削れる。
カカシが通った場所はまるで土遁でも使った後のように土が見えていて、技のすさまじさを視覚に訴えかけてくる。
しかし直線的に動くカカシの頭上に大量のクナイが降り注ぐ。


(水遁・水蛇…!)


直線に走り出した時点で予測できていたことなので、カカシの周りに酸性の水蛇を呼び出してクナイを溶かす。第二便とばかりに違う方向から来た分は、ミナトがクナイで弾き返した。

カカシの圧倒的な能力値に驚き、また敵が近くに居るという緊張感に固まっていたオビトとリンの前に、地面からぬめっと分身が現れた。
それも読んでいたのか、ウマイが全力の拳で潰す。


「油断するなよ、オビト!」

「僕らが相手にしてるのは土遁が得意な連中なんだからね!」

「は…ハイ…」


カカシにずっと目を向けていたヨナガが、敵のカウンター攻撃に対処しようと印を結び出した時、カカシの眼の前にミナトが現れた。
血が舞う中でミナトに連れられたカカシがヨナガたちの目の前へ連れ戻される。

普段のカカシならカウンターだって見切れる。それなのに遠くから見ていたとはいえヨナガでも分かるカウンターを回避できない。
痛そうに呻くカカシにリンが慌てて医療忍術を使っている。ヨナガはこの時ばかりは何もできないなと歯がゆく感じた。できるのは、カカシの技を分析することくらい。リンのように支えになってあげられたら、どんなに良いだろう。


「カカシ自身の動きが速すぎるんだ…それに傷も……一旦ここからは陣をとって整えた方が…」


ミナトが一瞬消えてすぐに戻ってきたということは、影分身を使っていた本体を倒してきてくれたようだった。


「ヨナガの言う通り。」

「いえ、大丈夫です!」

「何が大丈夫だ!お前が勝手に先生の言ってる事も聞かずムチャするからだろ!!」

「……お前なんかに言われたくないんだよ。さっき腰抜かして泣いてたうちはのエリートなんかにはな!」

「あ…あれは目にゴミが入って涙が出ただけだ!!」

「"忍の心得第二十五項"知ってるか?忍は涙を見せるべからずって項目の掟!」


今朝方のやりとりよりもさらにピリピリした様子に、思わずヨナガはオビトの腕を引いた。
リンも「やめなよ」と小さく割り込んでいるが、子供では止められそうにない。きっと戦場の雰囲気で二人とも気が立っているのだろう。ネギマやウマイは比較的冷静な方だということもあって、ミナト班と初めての戦場になるヨナガには二人の喧嘩がもどかしく感じられた。


「いい加減にしなさい二人とも」


まだ言い合おうとしていた二人が、ミナトの声でピタリと止まる。
カカシにルールを遵守するだけでは大切なものは守れなくなると、オビトには心を強く持てと言うミナトに、ネギマも無言で頷いていた。


「それとカカシ。さっきの術なんだけどね、あの術はもう使わないほうが良い。ヨナガなら分かっているね」

「…はい。スピードが速すぎて、相手のカウンターが見きれない。ジグザグに動いたり、ある程度の自由が効くように調整するか、あの速さでも相手を見切る目を身に着けない限り…」


ヨナガの見立てにミナトが是を示してくれるけれど、カカシの絶望したような顔に眉尻が下がってしまう。
きっとカカシのことだから、早い段階から性質変化について知っていたこともあるし、術の構想を練って頑張って開発した技だったのだろう。それを思うとヨナガまでも胸が苦しくなってきた。


「そう、つまり身体能力と術のバランサうがあっていない、不完全な術だからね。分かれる前にもう一度だけ言っておくね。忍にとって何より大切なのはチームワークだよ」


ミナトの言葉に何も返せないカカシたち三人に、先程以上にまっすぐに続けられた言葉に、クシナ班は目を見合わせた。


「クシナ班と合同訓練を申し込んだのは、三人の技のバランスだけじゃない。連携をとろうという意志が強いからだ。…さあ、出発しよう」


七人は森から出た見通しの良いところで野宿になった。全員が寝るなんてことはできないので、ミナトを中心に寝ずの番をすることになる。体力のあるウマイがそれを買って出てくれたので、ミナトは全員寝て、日付が変わってしばらくしたらウマイを起こして交代すると言った。

ヨナガはカカシの隣へ座ると、水筒の水を口に含んだ。


「…ヨナガも、あの術は駄目だと思う?」

「ううん、技としては取得難易度も高そうだし、すごく良い出来だと思う。ただ、カカシが斬られちゃうのは嫌だから…」

「改善案、か」

「そう。里に戻ったら特訓つきあうよ。だから私の水遁の開発も手伝ってね」

「わかった。」


お互いに布で顔を隠して並んで前方を向いているので表情は分からない。けれどコテンとヨナガの肩に頭を載せて眠ったカカシのことは、どうにかして支えてあげたいと思った。
リンとの微妙な関係に拍車をかけることは分かっていたけれど、でもどうしてか、リンが医療忍術でカカシを支えているという事実が苦しいし腹立たしい。
私だってカカシの役に立てるのに、なんてことが頭をよぎってしまう。


(カカシは…ただ癸の掟に従ってくれてるだけなのに)


大切な友達で仲間。だから守る。
それだけ、ただ、それだけのはず。
そう考えているうちに、ヨナガもカカシの頭を枕に眠りについた。






ネギマは話し声で目が覚めた。目を開けた瞬間にウマイと目があって驚きのあまり叫びそうになったけれど、美しくないので耐える。耐え抜いた自分を褒めてあげたい。
しーと人差し指で黙るように指示するウマイに、ネギマはしたがって耳だけを澄ませた。ウマイの奥では寄り添って眠るカカシとヨナガ、それに可愛らしく小さな口を開けて眠るリンが見える。ヨナガとは全く別方向の可愛さを持つリンは、寝顔も可愛らしい。
最近はヨナガとうまくいっていないようで、二人がギクシャクしているのが気になる。


「カカシは"木ノ葉の白い牙"と恐れられた天才忍者はたけサクモさんの息子でね…」


どうやらネギマも両親から聞いたことがあるカカシの父親についての話を、ミナトがオビトに聞かせているらしい。
任務を中断することで味方を守ったが、大きな損失を出したサクモが責められ、そして心労から自害してしまった話。ネギマの場合は客観的な事実だけを聞かされて育ったので、サクモは良い人だと思っている。けれど親世代にはそう思わない人も多い。


「じゃあミナト先生、なんでヨナガはカカシに寄り添おうと思えるんだろう。リンと…仲悪くなっちまってるのに…」


オビトのぼやきに、ネギマは耐えきれず起き上がった。


「それはね、ヨナガにも癸というしばりがあるからだと思うよ」

「ネギマさん!」


寝ているみんなを考慮した小さな声での叫びに、ネギマはオビトたちが座っている岩の上へ飛び乗ってしゃがんだ。大きな声を出したくないオビトの意志を尊重したかったのだ。仲間の友情は美しい。


「ヨナガから聞いたことがある。癸では楽器の演奏、歌、演技、踊り、四つが全て出来て一人前として二軍に入れる。ヨナガの得意分野は知ってる?」

「え…中忍試験でも剣舞してたくらいだから…踊りじゃないんですか?」

「踊りもそうだけど、あの子実は演技が上手いんだよ。小さい頃からなにかを演じることに慣れてる。だから、もしかしたらだけど、カカシがルールを遵守するという仮面を被って自分を偽っていることに気づいてるのかもしれないね」

「仮面…カカシのあれがわざとやってるってことですか?」

「無意識かもしれないけれど、僕が親から聞いているサクモさんに育てられたなら、仲間思いの忍のはずさ」


ネギマは真っ直ぐにリンを思うオビトを美しいと思う。だからこそ、カカシとも美しい友情を築いて欲しい。自分とウマイもアカデミーのころはとてもじゃないが、並んでご飯を食べる関係になるとは思えなかった。
けれどウマイとは今後もずっと相方をやっていくと思っている。出会いが奇跡なら、あとは努力でどうにかできる。頑張る者は美しい。

ウマイが起き出して「みんな、寝てください。後は俺が」と言うまで、何も言わずに考え込むオビトを楽しく見つめさせてもらった。








目が冷めた時、ヨナガとカカシは並んで地面に横たわっていた。そういえば、寝ぼけ眼で体勢を変えたような気がする。
軽くお腹にものを入れて、リンがカカシの傷を見終わると、七人はまた森へと向かった。

松の森から竹林へと変わった景色の中で、ミナト側とカカシ側で並んで立つ。此処から先は別行動。無事に任務が完了するまではお互いの生死も分からなくなる。ヨナガは初めて戦場で離れ離れになるネギマとウマイになんとなく心細さを感じたけれど、どうにかこらえた。


「ここからは二手に分かれる。みんな、頑張るんだよ。昨日の敵はたまたま単独で偵察中だっただけで、ここからはチーム戦になる。気をつけて」

「ヨナガならミナト班との連携もばっちり取れると信じてるよ。」

「…俺たちより器用で隠蔽術に長けていて、かつ大勢の敵に技を見せたくないからそちらへ配属されたんだろう。クシナさんに良い話を持って帰ろうな」

「任せてよね!」


ヨナガがぐっと親指を挙げてみせると、ネギマとウマイもきりりと顔を引き締めて親指をあげてくれた。


「…それじゃ、さっさと行こうぜ…隊長さんよ」

「「「……」」」


オビトの声に、一体なにがあったのだろうかとヨナガ、カカシ、リンがオビトを見れば、気まずそうに目をそらされる。
安心したような顔のミナトの「散!」の合図で、それぞれ目的地へと踏み出したため分からないが、なにかオビトの中で変化があったようだった。








2019/05/28 今昔




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